──温め続けてきた想いと宮沢賢治の世界観が重なり合ったことで、ご自身の人生の道しるべを見つけられたのですね。
経営を始めるにあたっては、色々な動機付けがあると思いますが、憧れとか、あの地域が好きだなといった想いがないと始まらないですね。
とはいえ、品質を落としてでも薄利多売で儲けようという趣向のビジネスが多いことも事実。綺麗ごとだけじゃ成り立たないということもわかるのですが。
どんな逆境のなかであれ、純粋な目標と心を保つことがいちばん大切。そして、その熱いマグマのような思いに届くぐらいに、深く地域に根を下ろし、自らの生きざまを知ってもらうことが必要だと思います。
弊社は試練のなか、今年で19年目を迎えようとしています。純粋、そして透明な気持ちで経営をしてきた自負があります。幸い、健康にも恵まれていますから。
──とはいえ、大島の本社と東京事務所を往き来するのは大変なのでは?
事業を通じて、自分の考えを体現できることが何より楽しいのです。来年は80歳になりますが、もっと楽しくなりそうです。会社を設立した60歳の時、20年の長期経営計画を立てましたが、いまでもほとんどピントは狂っていません。これからは100歳に向けた20年計画をつくるつもりでいます(笑)。
──新たな20年計画を書くにあたって、これからの時代は何が必要とされると考えていますか。
従来の人々のニーズは「物」にあり、それらを充足させるために第一次産業、第二次産業、第三次産業が発展しました。しかし、現代の日本では多くの人が「心」の充足を求める段階にきています。だからこそ、新たな視点をもって次の産業を生み出すことが大切なのではないでしょうか。
私は1983年に発刊された雑誌に、心を充足する新しい時代に求められる産業構造として、次のような考えを発表しました。
<新第一次産業のコンセプト>
人類の長年の物つくりで生まれたモンスターへの対応産業、環境汚染対応産業(プラスティックゴミ)や農薬を使わない農業、核問題への対応産業(原発暴走)
<新第二次産業のコンセプト>
社会的コミュニケーション産業(ソーシャル・コミュニケーション・ビジネス)、奉仕欲(ボランティア産業)
すなわち、新第二次産業たる「コミュニケーションの産業」(SNS)は、従来の第二次産業の代表である自動車産業を抜いて最大の産業になっています。心の時代にこそ問われるのは「想像力」と「創造力」ですよね。
──想像することは、人間にしかできないことですね。想像力を高めるために、どんなことができると思いますか。
自然のなかに入り込み、味わうことだと思います。机上の仕事だけだと、脳が解放されません。同時に感動する気持ちを持ち続けることが大切です。私に関しては、ヨットがその感覚を創ってくれています。
──便利になりすぎた世の中が「気づく力」を退化させているのではないでしょうか。例えば、椿を見ても「綺麗に咲いているな」で終わらせてしまう人が大半だと思うのです。しかし、その価値に気がついた日原さんは素晴らしい。
コミュニケーションが重視される時代だからこそ、あらゆる物事の潜在的な価値やニーズを事前に汲み取り、提案できる力が必要となるでしょう。繊細なことにも気がつくことのできる、日本人ならではの感性を発揮するべきだと思います。