国際モータージャーナリスト「ライオンのひと吠え」

Photo by Jessica Rinaldi/The Boston Globe via Getty Images

多くの国々で行政が道路の穴やヒビさえ直し切れない状態になっているにも関わらず、カーメーカーが急ピッチで自動運転車 (以下:AV車) の走行に必要な道路脇のカメラや地下のセンサーなどを負担させられるのは無謀ではないか。

「自動運動の技術は、道路の整備や政府の政策よりかなり進んでいます。少し考え直す必要があるでしょう」というのは、ミシガン大学のジョナサン・レヴァイン教授。先生が言う通り、自動運転車を支援する技術は、誰がどういう風に負担するかを真剣に考える時期になってきたと思う。

僕は自動運転に難点はたくさん残っていると思うけど、そのメリットも十分わかる。カーメーカーや自動運転の支持者は、交通事故は減るし、渋滞は緩和されるという。保険料や医療費も安くなるそうだ。それは確かにそうだと思う。でも、冒頭で触れた自動運転車の走行に必要な最先端のカメラやセンサーの製造や取り付けの莫大な費用は誰が払うのか。それと同じぐらい重要なのは、AV車と一般車との統合や共存だと思う。

AV車とそうでない一般車との共存はどれぐらい難しいものなのか? AV車は法定速度を守るように設定されるが、私たちが毎日乗るような普通車はだいたい法定速度を少し上回る速度で走行する。例えば、日本の高速道路の法定速度は最高で100km/hになっているのに、正直なところ、多くのドライバーは110〜120km/hで走行する傾向がある。AV車がそんな状況の中でどう対応するか。

今までの経験でいうと、一車線の道路で法定速度をきちんと守るようなクルマが前を走行していると、それより少し速く走りたいドライバーを苛立たせることになるし、事故の原因にもなりかねない。人間は「あ、後ろのあおっているクルマが私を抜きたいから、抜かしてあげよう」と思うけど、残念ながら、人間なら感じることがAV車は感じ取れない。

また、日本だと、ドライバーが黄色信号を見ると、アクセルを緩めないで、なんとなくそのまま通り抜けようとする。一方、アメリカでは、黄色信号を見たドライバーはなるべくブレーキを踏んで止めるようにする。だから、AV車の設定をする時に、こういう国柄の事情を取り入れてセッティングをしなければならない。でも、完全なシステムはないとは思っているのは僕だけだろうか。というのは、30年前に僕が日本に来て初めて道路を走ったとき、オーストラリア風に「黄色信号で止めるように」という流儀を守っていたら、同僚に注意された。「あんな風に黄色信号で止めてたら、おカマ掘られちゃうよ」と。人間は、黄色信号を見て、後ろのクルマの動きもチェックしながら、そのまま進むべきか、止めるべきか、一瞬で決められる。でも、果たしてAV車にそういう能力があるのか疑問だね。

また、アメリカの多くの州の赤信号では、左の方向から来るクルマがなければ、そのまま右折してもいい交差点がたくさんある。それが、AV車にできるのか。前のクルマの動き、左側からクルマの速度と動き、両側から歩行者や自転車がきていないかなど、一瞬で色々なことを確認しなければならないからだ。 

ということで、僕がカーメーカーや行政から聞きたいのは、次世代のAV車のどうのこうのではなく、AV車と一般車との共存の仕組み、そしてどの団体がどのようにAV車が必要とする道路整備を取り付けるかということと、誰がどのようにその莫大なコストを補うかということだ。

国際モータージャーナリスト、ピーター・ライオンが語るクルマの話
「ライオンのひと吠え」 過去記事はこちら>>

PICK UP

あなたにおすすめ

合わせて読みたい