医療不信全盛期に湧き上がった「外向きの志」
──起業家にとって、重要な素養を3つあげるとすると何でしょうか?
私の場合は「志」、「パッション」、「徳(人として当たり前のことをする)」の3つです。その中でも、1つ目に挙げるべきはやはり「志」だと思います。
ひと口に「志」と言っても、様々なベクトルのものがあります。世の中をどう変えていきたいかという「外向きの志」と、自分や組織がどうありたいかという「内向きの志」。このどちらも「志」ですが、最初に「外向き」、次に「内向き」という順序で持つことが重要だと思います。
──「外向きの志」を持つきっかけとなった出来事はどのようなことでしょうか?
きっかけは、創業当時の日本の医療を取り巻く社会背景です。
私が創業した2004年は医療訴訟が日本で一番多かった年でした。まさに医療不信全盛期で、「医師は信用ならない」「縦社会で隠蔽体質」などとマスコミが毎日のように報じており、世間の皆さんもそういった報道を目にする機会が多かったのではないでしょうか。
しかしながら、自分も含めた周囲の医師の現実を見てみると、休日も関係なく早朝から深夜まで、本当に真剣に働いていました。そうした世の中の認識と、医療現場の現実の間にある大きなギャップを何とかして埋めないといけない、と思い立ったのが創業のきっかけです。
そうした課題意識から2007年に立ち上げた「MedPeer」という医師専用コミュニティサービスは、医療不信の社会でも頑張る医師にとって、医師同士だからこそ話せる悩みや疑問を共有する場として非常にニーズがあるはずだと信じていました。なおかつ医師には一人の患者を治すのに、様々な専門科の医師が集まって情報共有しながら診ていく「シェア」の文化が根付いており、コミュニティサービスに非常にマッチしている業界だなというのも直感的に感じていました。
2004年に創業した当初は、サイドビジネスとして週1日程度の時間を事業にあてていただけでしたが、このMedPeerを立ち上げることを決めた2006年の冬には会社経営を本気でやっていこうと決意しました。
──「志」の重要性はどのような場面で感じられたのでしょうか?
創業時からぼんやりと心では思っていましたし、周囲にも言っていたのですが、それをよりしつこく、粘着質に周囲に伝えようと思い始めたのは、2011年の震災後のことです。
震災後の半年くらいが経営人生の中で最も厳しい時期で、サービスも売れない、内部で反目が起きて人も去ってしまう、資金繰りもままならないという、ヒト・モノ・カネの三重苦でした。簡単に言えば会社存亡の危機です。
その苦しいタイミングに震災も重なり、改めてなぜこの事業をやっているのかを深く考えました。そして、「自分はこういう世界を実現したいからやっているんだな」と改めて強く思い、それをメンバーにも繰り返し伝え続けるようになりました。
病院には目の前の患者さんを救う、という誰も疑わない暗黙の存在意義がありますが、会社にはそれぞれの存在意義が必要です。その「志」に対する情熱は、持っていることも重要ですが、それがメンバーにも伝わらないと意味がないということに気づかされたのが、この時期でした。