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イチロー・カワチ × 津川友介

ヘルスケアを根本から変える新しいテクノロジーが続々と生まれている。テクノロジーの進歩は人々をより健康にできるのか。イチロー・カワチ ハーバード公衆衛生大学院教授とUCLAの津川友介助教授が対談。


貧富の差が社会全体の健康に悪影響を与えることを明らかにしたイチロー・カワチ教授と新進気鋭の医療政策の研究者、津川友介助教授に、健康格差とテクノロジーの進歩について伺った。

イチロー・カワチ(以下、カワチ):アメリカでは平均寿命が2年連続で短縮しました。原因の一つに「失望による死」が挙げられています。経済的な理由で希望を失い、麻薬やアルコール中毒者や、自殺者が増えているからです。私が健康格差に興味を持った20年以上前から、アメリカでは平均寿命や主観的健康度といった「健康格差」が富裕層と低所得者層で倍以上ありました。一方、日本は戦後の一億総中流社会で、皆保険制度もあり、健康格差は観察できませんでした。それがこの20年間で大きく変わりました。バブル経済崩壊で拡大した所得格差がリーマンショックでさらに悪化したことに原因があります。

津川友介(以下、津川):そのような格差を是正するためには、私たちには何ができるでしょうか。ノーベル経済学賞を受賞したアンガス・ディートンは「先端技術は教育水準が高い富裕層から先に広まるので、イノベーションは格差を広げる」と警鐘を鳴らしています。それを防ぐ方法はないのでしょうか。

カワチ:テクノロジーは社会によって、健康格差が拡大する可能性も、縮小する可能性もあります。例えば、アメリカでは、スマートフォン(スマホ)を持っていない人や、携帯電話の電波が届かない貧困地帯に住む人のコミュニケーション手段は限られており、スマホを使える人と使えない人でコミュニケーションの格差があります。そうすると、スマホを用いた健康改善の取り組みは、格差を拡大するかもしれない。

一方で新興国では、リープフロッギング(発展途上国が発展段階を飛び越えて最先端技術を利用すること)と言われるように、既存のインフラがないところでスマホやアプリなどの新しいテクノロジーが飛躍的に普及しています。エイズ患者の適切な服薬行動を促すアプリが開発されるなど、モバイルテクノロジーを用いた実証実験も盛んです。そういった試みで、格差が縮まる可能性はあります。行動経済学とテクノロジーを使った取り組みも注目すべきです。

ポケモンGOのように、ゲームの要素を取り入れて人々の健康増進のモチベーションを高めるゲーミフィケーションもその一つ。人間の思考には、合理的な判断を下す思考と、非合理で直感的に行動する思考の2つがあります。行動経済学は後者に働きかけます。直感に訴えて、健康リテラシーの有無に関係なく、誰でも無意識に健康的な行動ができるようにするのです。

また、日本のようにスマホの普及が進み、教育水準が高い環境なら、テクノロジーをうまく使って格差も縮小できるポテンシャルはあると思っています。

津川:確かに行動経済学とテクノロジーとの組み合わせはアメリカでも多くのスタートアップができており、今後が楽しみな領域ですね。

カワチ:多くのスタートアップがアプリやプロダクトを作っていますが、残念ながらまだ現実世界での実績がありません。学術的な効果の裏付けが今後の課題です。

私はヨーロッパで、糖尿病の患者向けのアプリ開発に関わっています。患者を支えるバーチャルなネットワークづくりのためのアプリです。医師だけでなく、患者同士のネットワークを作って情報交換ができたり、お互いをサポートしたり、ゲーミフィケーションで競争しながらモチベーションを与えられるのは、効果があると思います。

津川:マネタイズを考えると、どうしても高所得者層をターゲットにしがちですが、ゲーミフィケーションは富裕層だけでなく貧困層にもアプローチできるという点で期待ができると私は考えています。BOP(ボトム・オブ・ピラミッド)向けの自己負担が低いサービスが広がれば、マネタイズしながら健康格差が縮小できるかもしれません。

カワチ:確かに富裕層に介入しても、社会全体は健康になりません。テクノロジーによって格差が広がってしまえば、結果として富裕層を含めて、社会全体の健康状態が悪くなる。社会の健康格差を縮小させる方向で、テクノロジーの活用方法を考える必要があります。

イラストレーション=山崎正夫

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