旅は恋と同じ 3度目のイビサで感じた「自分の還る場所」

イビサ島にあるパイクスホテル

数年ぶりにイビサに来た。どこまでも岩っぽい土地と、それと不釣り合いにも見える豊かで美しい海。いくつかある大きな町は、スペイン特有の少し野暮ったいセンスで覆われ、大規模ホテルやクラブは今も昔も変わらずパーティーピープルで溢れている。ダンスミュージックの聖地としてのピークを過ぎても、リゾート地としての人気は根強い。

近年増えた滞在型リゾートやアグリツーリズモ系ホテルには、高年齢層のヨーロピアンが多い。とはいえ、リゾート地としては、すぐ近くのマヨルカ島のほうが高級レストランや観光スポットに恵まれている。イビサにいる大人たちは、その服装や振る舞い、ちょっとしたタトゥーなどからもわかるように、往年の音楽好きが多く、私にはそれが安心で心地が良い。

今回の目的は、「パイクス」というホテルでの滞在。世界的にヒットしたコンピレーションCDで有名な「カフェ・デル・マー」のある、イビサ北部の町サンアントニの外れにあるホテルだ。かつてはフレディ・マーキュリーやボンジョビが定宿とし、セックス&ドラッグ&ロックンロールなパーティを催していたといわれる場所だ。

ホテルの入口の壁には、「you can check in, but you can never check out(チェックインできるけど、絶対にチェックアウトはできないよ)」と落書き風のメッセージ。イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」の歌詞のもじりだ。一見するとキッチュでオシャレな雰囲気だけど、随所に怪しげなオブジェやメッセージが隠されていて、私たちが泊まった部屋はベッドルームの壁面から、等身大のシマウマの上半身が飛び出していた。

パイクスという桃源郷

週末の夜中になると、この小さなホテルのある1室は、クラブに変貌する。今はDJ HARVEYがここのレジデントDJで、ディープハウスからガラージ中心に、さまざまな音楽がプレイされている。着飾った老若男女が数百人、年齢層は高めで富裕層も多いが、上品にはまとまらず淫靡でカオス。中庭やプールサイドは、フェリーニの映画に出てきそうな社交界の雰囲気が醸し出される。



パイクスは、10代の頃、初めてクラブに行った時のドキドキさえ思い出させてくれる。セカンドサマー・オブ・ラブの幻が見られるとしたら、こんな感じなのかもしれない。そして気がつくと、何事もなかったように静かな小さなホテルとして朝を迎える。

最近のイビサには、音楽の歴史やシーンの流れをぶったぎった(背景を持たない)フィジカルで享楽的なクラブやホテルも多い。それも嫌いじゃないけれど、好きなものにロマンや文脈を求める暑苦しいタイプの人間には、ここパイクスは桃源郷だ。

かつてのロックスターの残像やカルチャーを感じながら、それが博物館ではなく、ちゃんと今の音楽とシーンの系譜も足され、現在進行形だから多様な人種が通い続けるのだろう。そして、「祭りのあと」を切なく味わう数日間限定の音楽フェスと違い、常設なのも魅力のひとつ。ホテル入口にあった「チェックアウトができない」の意味がわかった。

ロック出身ダンスミュージックラバーな自分にとっては桃源郷でもあるし、いつでも戻って来られる場所、新たなふるさとを見つけたような心強さを感じた。今まで好きになったものや自分を育てたものを、三次元のみならず四次元(時の流れ)で浸れる場所は、答え合わせをしているようで居心地がいい。
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文=鈴木麻友美

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