サウジアラビア政府に批判的なジャーナリスト、ジャマール・カショジ氏がトルコのサウジ総領事館の中で殺害された事件は、今年前半まで盛り上がっていた世界のベンチャー投資ブームを冷やすかもしれない。イスタンブールの事件は、シリコンバレーに飛び火しそうなのだ。
この事件は、多くの意味で衝撃的だ。私刑のような極めて陰惨な殺害方法。領事館を舞台にしたトルコとサウジの諜報合戦。殺害されたカショジ氏もただの記者ではない。初代サウジ国王の医師を祖父に持ち、80年代のイラン・コントラ事件で「死の商人」と報じられた国際的な武器商人アドナン・カショジ氏の甥にあたる。王族ではないものの、サウジ王室の「インサイダー」と言える家柄だ。
しかし、もっとも注目されるのは、モハンメド皇太子の関与の疑いだろう。サウジは典型的な「トカゲの尻尾切り」で皇太子を事件から切り離そうと試みているが、国際社会の反応は激しい。娘婿クシュナー氏経由でモハンメド皇太子との個人的パイプ強化に努めてきたトランプ大統領までが、これまでの発言を翻して「史上最悪のもみ消しだ」とサウジ政府の批判に回ることになった。
この事件でこれまで先進的、改革的と見なされていたプリンスの国際的なイメージは、すっかり剥げ落ちてしまった。
原油価格低迷で外貨準備高が減少を続ける中、サウジはモハンメド皇太子のもと、脱石油依存に向けて投資の国際化、多角化を進めてきた。公的投資基金の「パブリック・インベストメント・ファンド(PIF)」に国有石油会社サウジアラムコを移管した上で、アラムコを上場させ、その5%を公開して1000億ドルを調達する、という市場最大の新規株式公開(IPO)も計画された(現在は事実上中止)。
国際的な投資活動や外資とのコラボに向けて改革・開放路線がアピールされ、女性の自動車運転の解禁なども発表されていた。
ところがこういう事件が起きると、旧態然とした抑圧的な独裁体制が明るみに出て、国際マネーのサウジ関連事業への投資意欲を一気に冷ましてしまう。サウジの株式市場でも、外国人の売りが2015年の外資解禁以来、最大となった。
どうする?ソフトバンク
こうしたなかで極めて難しい立場に追い込まれたのがソフトバンクだ。昨年ソフトバンクが立ち上げた1000億ドルのベンチャー投資ファンド「ビジョンファンド 」には上述のサウジのPIFから450億ドルが投資されている。
今年3月、太陽光プロジェクトについての覚書に目を通す孫正義会長(左)とムハンマド皇太子(右)(Getty Images)
日本でも「10兆円ファンド」と騒がれたが、ビジョンファンドは、ベンチャーキャピタル(VC)としては桁違いに大きい。米国業界団体のNVCAによると、米国のVCが昨年投資した金額は840億ドル、日本円で9兆円程度である。つまり、ビジョンファンドは一つのファンドで米国VCの市場規模を上回ってしまうことになる。
この巨象ファンドの登場で、VC市場の需給が変化したであろうことは想像に難くない。ソフトバンクとサウジのシリコンバレーなどでの存在感は圧倒的だ。これに対抗するため、米国では既存のVCファンドの大型化が進んだとも言われている。
すでに第1ビジョンファンドは、配車サービスのウーバーや、マイクロプロセッサーのARM Holdings, 自動運転のGM Cruiseなど、その4割程度を投資済みである。犬の散歩代行サービスのWagという会社には、日本円で300億円以上も投資している。
続く第2ビジョンファンドの立ち上げに向け、サウジが5兆円の追加投資をコミットしたと伝えられた矢先のこの事件。これで突如、先が見えなくなった。