そんな疑問から、Forbes JAPAN 12月号では、ビジョナリーなリーダー、学者、アーティストと「未来を見通すメソッド」を探る特集「BEST VISIONARY STORIES」を実施。「死ぬ」というテーマで大阪大学教授の石黒浩氏、「買う」というテーマでメタップスの佐藤航陽氏など各分野の有識者に未来予想図を聞いた。
本記事では「2050年の“暮らす”」をテーマに、京都大学総長にして、ゴリラ研究の第一人者である山極寿一氏にインタビューを実施。本誌掲載のロングバージョンでお届けする。
将来、人類は家族という枠組みを維持しているのか? 今よりも孤独なのか? それともより多くの人とつながるのか? 2050年の未来を見通していただいた。
「複数の自分を持つ」という福音
──2050年、果たして家族という組織は維持されているのでしょうか?
もちろん。ただ、その枠組みは今よりもっと多様なものになっているでしょう。その鍵を握るのがテクノロジーの進歩。2050年にはiPS細胞で男性同士でも子どもが産めるようになっているでしょうし(男性の体から卵子と卵巣を作り、男性の体内で妊娠、出産する)、高齢出産も今より格段に進歩しているでしょう。もちろんその過程で家族という枠組みも今よりもっと多様なものに変わっていきます。
──家族以外のつながりは変化しますか?
はい。家族だけではなく、我々は今よりずっと多くのコミュニティーに属するようになります。ここでもきっかけになるのはテクノロジーです。簡単にいえば超高速のドローンのような乗り物が一般的になるでしょう。そして、これにより東京〜大阪間くらいなら数十分で移動できるようになるかもしれない。これに乗って「実際に会って」信頼関係を築いていくのが当たり前になります。
──インターネットを使ってメールやスカイプで連絡をとる方が効率がいいのではないでしょうか?
その質問、待ってました(笑)。
実は、同じ空間を共有して討論をした方が「コスパがいい」のです。なぜなら、会わずに話す人数や内容には限界がありますし、会って話すほうが結局早く、信頼関係も築きやすいことはわかりきっていますから。
「コミュニケーションの基本は身体と身体」であって、この根本的なことに人々が気づく、と言い換えることもできますね。
──コミュニケーションの基本が身体と身体とはどういうことですか?
そもそも人間というのは、生の世界で身体の五感を常に刺激して暮らしていかないと生きている実感が得られないんですよ。ネットの中に限定された内向きのコミュニティでは生きる意味は作れません。これは断言できます。
テクノロジーはこの「実際に会う、人間らしいコミュニケーション」の背中をほんの少し押すだけです。
──なるほど。面と向き合って行うコミュニケーションの価値はよくわかりました。でも、複数のコミュニティーに属すると疲れてしまいませんか?
複数のコミュニティーに属すると「色んな自分」が必要になります。とはいえ、実はこの複数の自分を持つ、というのは人類にとって福音なのです。
家族や会社など限られたコミュニティーしかない場合、人は本来生きづらいんです。他人からどう見られているか、どういう役割を求められるかというのは、その場その場で違うのが普通なわけで、あまり自分というものを深く信じ込んでいるとどこかで必ず頓挫してしまいます。
それに、同じところに留まっていればいるほど、安心感はあるけど、同時にしがらみも生まれます。豊かに生きるためには、人生は複線であるほうがいい。少なくとも自分というものを簡単に変えられない支柱に結びつける必要はないと僕は思っています。