ハーバード大学の「多様性を確保したい」という主張の根本にある、性別、人種、出身地などで、少数派を優遇(アファーマティブ・アクション)することには深い意味がある。アファーマティブ・アクションはそもそも黒人やヒスパニックの人たちに、たとえていうと点数を水増しして合格させよう、会社の昇進でも優遇しようという考え方である。
背後にある理論は次のようなものである。家庭環境や高校までの環境に恵まれない場合、SATの成績が悪くても、潜在能力は高いかもしれない。また、いったん人種や性別の外見で差別されて良い仕事につけなければ、所得も上がらず家庭環境が悪化、次世代の教育環境も悪くなる。
次世代は成績が上がらないので良い職につけないという悪循環に陥り、差別が固定化する。これを断ち切るには、ある世代を良い教育環境に置く、会社の昇進も優遇することで、所得を上げる、次世代のロール・モデルも作ることが重要だ、という説明もできる。アファーマティブ・アクションとは、「悪循環の鎖」を断ち切る手段として正当化される。
東京医大のケースは、真逆である。そもそも結婚や子育てでキャリアの維持が大変な女性医師の数が増えないように減点するのだから、現世代の差別を助長しているばかりではなく、さらに女性のロール・モデルの数を減らすという差別固定化につながるのだから罪は深い。共働きや子育てでは、研修医時代の長時間勤務や夜勤に堪えられない、というのが理由らしいが、これは研修医制度そのものの問題であり、研修医の待遇改善が筋である。
伊藤隆敏◎コロンビア大学教授・政策研究大学院大学特別教授。一橋大学経済学部卒業、ハーバード大学経済学博士(Ph.D取得)。1991年一橋大学教授、2002年〜14年東京大学教授。近著に『公共政策入門─ミクロ経済学的アプローチ』(日本評論社)。