東京都がLGBT「差別禁止」を条例で明文化 企業に求められる変化とは?

photograph by Barcroft Media

東京都議会は10月5日、本会議で、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、LGBTなどセクシュアル(性的)マイノリティへの差別禁止を盛り込んだ人権尊重条例案(「オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例案」)を可決、成立させた。

今回の条例は、オリンピック憲章(https://www.joc.or.jp/olympism/charter/pdf/olympiccharter2017.pdf)にある「いかなる種類の差別を受けてはならない」という根本原則に則り、ヘイトスピーチの規制や、性自認、性的指向を理由とした差別を禁じることが柱となっており、都道府県の条例としては初めてとなる。

この条例のもつ意味とは。そして東京都民や企業はどのような取り組みを求められるようになるのか。セクシュアル・マイノリティに関する理解促進活動を行う認定NPO法人「グッド・エイジング・エールズ」代表の松中権さんに聞いた。


 
──今回、東京都がLGBT差別禁止条例を可決させた背景はどのようなものでしょうか。

きっかけは、2020年にオリンピック・パラリンピックを東京で開催することになり、オリンピック憲章にもうたわれている「性別、性的指向による差別の禁止」の根本原則に合わせて、東京都が条例制定で対応したことにあります。

2014年にロシアでソチオリンピックが開催される直前、パブリックスペースで同性愛についてポジティブに語ることを禁止する「同性愛宣伝禁止法」が制定されました。

この法律は西欧諸国から多くの非難を浴び、アメリカ、ドイツ、フランスなどの首脳がオリンピック開会式をボイコットする事態となりました。各国の人権団体がロシア政府だけでなく、国際オリンピック委員会(IOC)に抗議したこともあって、IOCは2015年、異例のスピードでオリンピック憲章を改定し、憲章の根本原則に、性別と性的指向に関する差別を禁止することが明文化されました。その後開催されるオリンピックではそれを遵守することと定められています。

2020年に開催される東京オリンピックに向けては組織委員会が「多様性と調和」をテーマにし、当初からLGBTに対する配慮をしていく方針を掲げていました。「東京2020持続可能性に配慮した調達コード」(https://tokyo2020.org/jp/games/sustainability/sus-code/)という、組織委員会だけでなく、その調達先、サプライヤーもこの方針を守るべきというルールを定めています。これはオリンピック史上でも初めてのことです。

オリンピックで定められたLGBT差別禁止の規定を受けて、会場となる東京都は、「いかなる種類の差別もあってはならない」という、人権尊重の理念を実現していくとし、小池百合子都知事がオリンピック憲章をベースにした都の条例を作ることを決めました。

この条例は、LGBTに関する差別をしてはならないという「差別禁止条項」が盛り込まれていることが大きな特徴です。条例案をベースに実施されたパブリックコメント募集に寄せられた多くの声が反映され、LGBTに対する「理解を進める」といった文言に加えて、「差別をしてはならない」と明文化したのは、日本の自治体では、ほぼありません。これで、東京都民、そして都内の事業者は、LGBTを差別してはいけないということになります。

──都内の企業に与える影響はどのようなものでしょうか。

経団連は2017年5月に発表した「ダイバーシティ・インクルージョン社会の実現に向けて」(http://www.keidanren.or.jp/policy/2017/039.html)という提言の中で、企業に対し「LGBTへの理解を促進し、多様な人材の存在を前提とした環境・制度の整備を進めることが求められる」と述べています。今回はさらに踏み込んだ内容で、罰則はないものの、企業はガイドライン的にこの条例を守っていくことになります。

──2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、企業はどのような対策を迫られることになるのでしょうか。

企業に求められるのはまず、雇用している方々を、性自認や性的指向を理由として職場内で差別してはならないということです。

今までは、「職場内にLGBTの当事者がいるかもよくわからない」とか、「社員のプライベートな問題だから企業が関与すべきかわからない」というように、対策を先延ばしにされていた企業もあったかもしれません。しかし今回の条例で、企業がLGBTの当事者への差別的な問題を抱えていたら、それを排除しなければならなくなります。

東京都は条例で具体的な対策を明示していませんが、LGBTの当事者が企業内で不利益を被っている場合、それは差別に当たる可能性があります。

──具体的にはどのように変わるのでしょうか。

ひとつ想定される例を挙げますと、トランスジェンダーの従業員が自分の望む性、例えば女性で生まれたが男性として生活しているのに、企業側が「あなたは戸籍上女性なのだから女性として仕事しなければならない。女性らしい服で出社してほしい。それができなければ部署を異動してもらう、もしくは辞めてもらう」といったような、性自認や性的指向に関する不当な扱いが差別に当たる可能性があります。

あるいは、そうした不当な扱いはできないことを、研修などを通じて社内の従業員に周知させることも必要となってきます。

ゲイ、レズビアン、バイセクシュアルの場合も同じく、彼らに対して「気持ち悪いよね」などと揶揄したり、同性愛を笑いのネタにしたりすることはあってはならないですし、福利厚生などの扱いで、同性カップルにも異性のそれと同じように対処することが求められるでしょう。

 
──海外でこうしたセクシュアル・マイノリティ差別を禁じる法律は、どの程度普及しているのでしょうか。

性自認、性的指向に関する差別をしてはならないという法律は、すでにEU加盟国すべてで制定されている他、オーストラリアやニュージーランド、そしてアメリカでは州によって制定されているところもあります。

日本は2014年に、性的指向と性自認に基づく差別を撤廃する措置を求める国連人権理事会から勧告を受けていますが、未だに、トランスジェンダーの方が戸籍上も望む性で生きるために性別適合手術が条件となっている、同性同士のパートナーシップが保証されていないなど、法整備の面で立ち遅れています。

国によっては、性自認や性的指向に関することに特化した法律もあれば、前提としてすべての人が差別されてはならないという法律の中に、性自認、性的指向、そして宗教などが羅列されている法体系もあります。

──どういった企業が、先進的にLGBT差別の撤廃に取り組んでいるのでしょうか。

私たちグッド・エイジング・エールズは、現在、19の企業と共に、LGBT当事者に働きやすい職場環境を議論し、先進的な取り組みをしている企業を紹介する任意団体「work with Pride」を運営しています。

「work with Pride」では、2012年からカンファレンスを毎年1回開催するとともに、2016年には、企業のLGBTに関する取り組みの評価指標「PRIDE指標」 (http://workwithpride.jp/pride-i/)をつくりあげました。

PRIDE指標は、LGBTに関する企業ポリシー発信や、企業内のLGBT当事者やアライ(LGBTの支援者)を巻き込んだ取り組み、啓発活動、人事制度や社内プログラムの整備、社会への貢献といった5つの指標からなり、応募のあった企業の取り組み具合を審査し、ゴールド/シルバー/ブロンズの賞をお渡しするとともに、先進的な取り組みをしている企業を「ベストプラクティス」として表彰しています。

2016年には、ライフネット生命が、自社内で増えたアライの数に応じて公立図書館にLGBTに関する絵本や児童書を寄贈するプログラムを実施したことで「ベストプラクティス」に選ばれました。また、2017年には5つの指標それぞれで、筑波大学、日本たばこ産業、ジョンソン・エンド・ジョンソン、スターバックス コーヒー ジャパン、NTTドコモの5社が選ばれています。2018年も、10月11日、国際的なカミングアウト・デーの日にカンファレンスを開催し、先進的な取り組みをしている企業を「ベストプラクティス」として表彰します。

東京都の条例可決成立の直後にwork with Prideのカンファレンスが開催されるのは、偶然とはいえ、LGBTに関する取り組みが今以上に求められるんだということを企業の方々に認識してもらうという意味で、非常に意義深くなったと感じています。

文・写真=久世和彦

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