その西海岸の都市のなかにあって、シアトルはLGBTの先頭ランナーだ。全米で初めての(自他ともに認める)ゲイの市長を生んだのはシアトルであり、当選後も2年間、アメリカ史上最高の支持率を誇っていた。シアトルの街を歩くと、たくさんの同性愛者が長年の差別を超えて勝ち得た市民権を謳歌するように手をつないで歩いている。
質の高いコーヒーへのこだわりもまさに全米一で、スターバックスやシアトルズベストコーヒー、タリーズなどの「シアトル系コーヒー」という呼称は日本でも通じる。地元だけあってスタバは日本のコンビニのように林立しているし、それでも物足りない人たちのために独立系のカフェも充実している。
実は、こうしたユニークな風土に裏打ちされ、職場環境が他の都市と比べて良い場合、その都市では社員の定着率が高いという指摘がある。シアトル圏の経済力分析をしようとネット検索をすると、企業の収益力や雇用増率より、従業員の企業に対する「愛着心」、または「職場環境」の良さを指摘するサイトに多く出会うはずだ。
つまり、地元目線でこの問題を考えると、シアトルのリベラルで独自な風土が、従業員の居心地を高め、その労働力がエンジンとなり多くの企業が成長し、投資へのマインドも醸成され、ベンチャー企業が続々と生まれてくるという、非常に良い循環が生まれるということになる。
弊害もなくはない
とはいえ、巨大企業が生まれることはいい面ばかりではない。たくさんの若い労働力が職を求めて移住してくるため土地の価格が上がり、住宅ローンの負担が膨らみ、生活を圧迫したり、もともと住んでいた住民の固定資産税もうなぎ上りになったりという負の面もある。あるいは、給料の魅力に惹かれたものの、交通渋滞が深刻化して住みにくくなり、結局シアトル圏を離れていく人もいる。
同じように、企業についても、総合的なメリットが低下すれば、シアトルを去らねばならないこともある。実際、20世紀のシアトルを支えた象徴的会社だったボーイングも、今世紀に入るとともに、本社をシカゴに移してしまった。
シカゴにあるボーイング社の本社(Photo by Getty Images)
余談だが、日本から見ても、シアトルは本土で最も近い港であり、航空路線も太平洋便はシアトルがいちばん距離は短い。そのため、いまは山下公園に係留され重要文化財にもなっている貨客船の氷川丸は、横浜とシアトルを戦前から230回も航海した(サービスが良く、あのチャールズ・チャップリンも乗ったらしい)。
筆者の祖先も、戦前、長野県の小諸市から氷川丸でシアトルに移住している。この人は、戦時中はアイダホ州の日系人強制収容所に入れられていた。21世紀になってから、広大な荒地と曲がりくねった川しかない収容所の跡地を見に行ったが、財産をすべて没収され、モダンなシアトルとは180度異なる不毛の地のバラックに押し込められた祖先の気持ちを思うと胸がつぶれた。都市の「風土」にも、さまざまな歴史がある。
連載 : ラスベガス発 U.S.A.スプリット通信
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