JPモルガンは、企業責任活動の主眼を経済的機会の創出に置き、低所得層向けの住宅供給やスキルアップ・職業訓練、小企業の成長支援に的を絞った。シャーの考えでは、トランプの大統領当選などの背景には、グローバル経済から取り残されているという有権者の感情があるという。
ダイモンCEOも、前出のパネルディスカッションで、低・中間層の賃金低迷などを挙げ、「人々にチャンスが行き渡っていない。企業が自分たちのことだけ考えていたら、社会のためにならない」と、訴えている。
同社のデトロイト支援が近隣地区の向上に大きなインパクトを与えているという声は多い。「JPモルガンの投資が呼び水になって、さらなる投資が生まれる」と、デトロイトにあるウェイン州立大学のマリック・マスターズ教授は言う。
デトロイトは14年12月、同年1月に市長に就任したダガンの下で、破産法の手続きを終え、再出発した。今年3月6日、2期目に入ったダガン市長は、施政方針演説で高らかにデトロイトの復興ぶりをアピールしている。市民の雇用を優先する「デトロイター・ファースト」(デトロイト市民第一主義)も効果を上げている。今後5年余りで、12万戸の低所得層向け住宅を提供。昨年までに、約1万4000件の廃屋が解体された。
17年には市の財政が3年連続で黒字化。今年4月30日、州の監督下から外れ、財政上の自治も取り戻した。09年に28%だった失業率も、今年4月には7%台に低下。04〜14年に24万人超が流出したが、人口減にも歯止めがかかっている。
企業や店舗の帰還・移住も活発だ。5月には、マイクロソフトが、同社のミシガン・テクノロジーセンターを郊外から市内に移転。フォード・モーターは今年5月、電気自動車(EV)・自律走行車(AV)研究開発部門を同市に移した。6月11日には、88年以来、廃屋となっていた旧ミシガン中央駅をフォードが買うというビッグニュースも飛び込んできた。
デトロイト投資プロジェクトがハーバード・ビジネス・スクールのケーススタディーとして取り上げられ、同校でのパネルディスカッションに参加したダイモンCEO(左から2番目)、ダガン市長(中央)、シャー(右)。
デトロイトのビリオネア、ダン・ギルバートが会長を務める商業不動産会社、ベッドロック・デトロイトは昨秋、21億ドルのダウンタウン開発計画を発表。何万人もの雇用が生まれる見込みだ。
JPモルガンは、廃屋の有効利用などにも2500万ドルを投じている。フォークロージャー(住居差し押さえ)された家や廃屋を所有・管理するデトロイト市傘下の公的機関、デトロイト・ランドバンク機構と連携。通常の住宅ローンを組めない人々のマイホーム取得を支援している。
デトロイト再開発のキーマンで、インベスト・デトロイト・ファンドの社長兼CEO、デーブ・ブラスキウィクッズは、復興について、「60年間の衰退期間を経て、ようやく成長モードに戻った」と分析。女性や有色人種、移民経営のスタートアップなどにも投資し、同社のベンチャープログラムからは、多くのスタートアップが誕生している。
2年前に3カ所だった再開発地区も、7〜10カ所に拡大された。高レベルの成長にはまだ時間がかかるとしても、「デトロイトは今後、成長を生み出す『生産者』であり続ける」と、ブラスキウィクッズは言う。
復興の影響で、レストランの予約も取りにくくなっている。5月9日夜、ダウンタウンで開かれたJPモルガン関連のイベントに参加したシャーは、レストランの席に着くまでに20分ほど待たされたが、「いい気分になった」という。「それだけ復興しているということだ」。復興が、ダウンタウンやミッドタウンから周辺地区に広がり始めているのも、「非常に重要なことだ」と、シャーは言う。