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I write about leadership issues from a millennial perspective.

Photo by Phillip Faraone/Getty Images

米女優のヒラリー・スワンクは最近、サバンナ芸術工科大学の学位授与式でスピーチを行った。彼女がテーマとしたのは、自分が一夜にして成功を収めた女優であるという誤解だ。

25歳の若さでアカデミー主演女優賞を受賞し、5年後にも再び同賞を獲得したスワンクは、メディアなどで「一夜にして成功した女優」と紹介されがちだ。彼女はスピーチで、この誤解を解くために自分の生い立ちを回想した。

スワンクが女優としての道を本格的に歩み始めたのは、アカデミー賞受賞の約11年前、わずか14歳の時だった。女優になりたいと思い始めたのは8歳の頃で、学校での小規模な演劇に出演したことがきっかけだった。その後、演技をするたびに、プロの女優になりたいという気持ちが強くなっていった。

スワンクが自分は女優になりたいと宣言すると、母親はまだ14歳だった彼女と2人でロサンゼルスへ移住することを決めた。その時の所持金は75ドル(約8000円)。コネもなかった2人にとって、スワンクの女優業への挑戦は賭けだった。

ロサンゼルスに引っ越すと、母親は自ら、エージェントに電話をかけ始めた。全くの手探り状態だったが、運良くも、オーディションを実施するエージェントに連絡が取れ、自分のエージェントを確保する機会が得られた。

しかし、それがすぐさま成功に結びついた訳ではなかった。何度も拒絶されながらも、時折役をもらい、仕事を続けた。失敗だらけの日々が数年続き、自分はいつになったら日の目を見るのだろうかと思い始めた。

そこでついに、大ブレークがやって来た。人気テレビドラマ『ビバリーヒルズ青春白書』シーズン8への出演が決まったのだ。しかし最終的に同ドラマから降板させられたことで、つかの間の成功は消え去った。そもそも乗り気でなかったこの役でさえ、続けることができなかった。いら立ちが募るばかりで、どうしてよいかわからなかった。

その時点で彼女はまだ知る由もなかったが、米国の反対側にあるニューヨークでは、無名の若手女性映画監督キンバリー・ピアースが、あるプロジェクトに情熱を燃やしていた。ピアースは、自分の心を動かした物語の映画化を目指し、パラリーガルの深夜シフトと映写技師の仕事を掛け持ち、制作費の一部を捻出。自分の収入と助成金を投じてプロジェクトを進め、最終的には資金提供に前向きなプロデューサーを見つけることができた。

編集=遠藤宗生

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