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フォーブスジャパン編集次長/シニア・ライター

佐々木力の死から、もうすぐ7年。タレントやプロアスリートはもちろん、多くのビジネスパーソンをつなぎ、多くの人たちに愛された佐々木の人生について、長年連れ添った萬田久子が、本誌に初めて語った。


語り草になっている話がある。

2011年8月。青山葬儀所で行われたアパレルブランド「リンクセオリー・ジャパン」のCEO佐々木力(享年60)の告別式には、2400人もの人が集まっていた。芸能界からは津川雅彦や西田敏行、郷ひろみら多数、スポーツ界から王貞治、青木功、星野仙一ら、その顔ぶれは佐々木の付き合いの広さを物語っていた。

喪主として気丈に振る舞う萬田久子の姿や、出棺の際の日野皓正によるトランペット演奏が弔問客の涙を誘うと同時に、多くの弔問客の脳裏に焼き付いたのは、「ファーストリテイリング」CEOの柳井正による弔辞だったであろう。

「佐々木さん」

遺影に呼びかけた柳井から続いて発せられたのは、普段、緻密で合理的な経営者として知られる彼からは想像のつかない言葉だった。

「僕は、あなたを愛していました」

そして柳井は、人目を憚らず、声をあげて泣いたのだ。

佐々木力と柳井正。性格も生き方も真逆のような二人の経営者。どちらもしばしば取材したというファッションジャーナリストの松下久美は07年、ファッション誌「WWD」の佐々木の連載に、こんなタイトルをつけた。「リッキー佐々木のジェットコースター人生」─。

「単にビジネスだけではなく、佐々木さんの人生そのものが面白いと思ったからです」と、松下は言う。

海外に自宅や別荘を複数所有し、アパレルブランドだけでなく、社交場となるレストランも複数経営した佐々木。ウォール・ストリート・ジャーナルの一面を飾ったこともある彼だが、1998年には事業に失敗。転落を味わった。

佐々木が柳井と出会ったのは、その後のことだ。松下は述懐する。

「リッキーさんと柳井さんが、なぜ親しくなり、互いに惚れ込んでいったのか。不思議に思っていました」

約30年連れ添った女優の萬田久子は、柳井が弔辞で「愛していた」と言ったとき、その言葉の強さに心が震えたと話す。柳井はなぜ、佐々木に惚れたのか。佐々木の軌跡を、萬田がいま初めて語る。

文=藤吉雅春 写真=杉田容子

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