ビジネス

2018.07.02 08:00

2人の億万長者を輩出 「常勝ファンド」の流儀


鏡の中の自分を見つめ直した

数々の有名企業を顧客に抱えていたスミスだが、目に留まったのはテキサス州ヒューストンにあったほとんど無名の企業。自動車の販売代理店向けのソフトウェアを専門にしていた「ユニバーサル・コンピュータ・システムズ」だった。利益率は、スミスが担当していた他のどの企業よりも高かったが、オーナーたちがキャッシュを譲渡性預金につぎ込んでいることを知り、唖然としたのだ。

スミスはこの会社に、なぜ他の成熟したソフトウェア企業を買収し、自社の経営のベストプラクティスを活用しないのかと尋ねた。するとオーナーたちは、素晴らしいアドバイスだと言ったが、そのプランはスミス自らに実行してほしいと要求してきた。そして、そのためにスミスがPEファンドを設立するなら、そのオファーを後押しするため、唯一の出資者として10億ドルのキャッシュを投資するという。

スミスは、当時をこう振り返る。

「鏡の中の自分を見つめ直した瞬間でした。心のうちを見つめ『この仕事をしなかったら、10年後にはどう感じているだろう』と自分に問いかけました」

答えは「後悔する」だった。スミスは、99年にゴールドマン・サックスを退社し、すぐさま共同創業者のリクルートに着手した。ビジネススクール時代の同期生、スティーブン・デイビスと、ゴールドマン・サックスで部下だった若いアナリスト、ブライアン・シェスだ。

インドからの移民でテクノロジーマーケティングの経験を持つ父親と、保険会社のアナリストとして働いていたアイルランド系カトリック教徒の母親の間に生まれたシェスは、スミスの“陰”に対する“陽”となると、スミスは考えた。シェスが買収と売却業務に集中することで、上司であるスミスは投資家や投資先企業そのものに専念できるようになるからだ。2人はその後、鉄の絆で結ばれることになる。

「お互い、家族に何かあると真っ先に連絡する相手です」

そうシェスは言う。スミスとは休暇も一緒に過ごす仲で、スミスの結婚式では新郎付添人の代表を務めたという。

スミスがゴールドマン・サックスを辞めたとき、同僚の大半は「どうかしている」という反応だった。スミスはパートナーへの出世街道を順調に歩んでいて、パートナーとなれば同社のIPO(新規株式公開)で数百万ドルが棚ぼた式に得られることになっていたからだ。

それに、担保にできる実物資産を持たないからと、銀行はソフトウェア会社には融資しない。ソフトウェア専門のLBO事業を、レバレッジなしで経営できるはずがないと考えるからだ。また、特定の事業に集中することへのリスクも甚大で、ライバル企業が革新的なコードを数行開発すれば、投資先の事業は一夜にして廃業に追い込まれかねない。

しかし、スミスの見解は違った。ソフトウェアは、世界を侵食しつつある。近いうちにあらゆる企業は事業がデジタル化され、ソフトウェア企業となる。「サービスとしてのソフトウェア」という発想へのシフトが起こっていることを考えると、たとえ投資先企業がすべてソフトウェア企業でも、彼らの製品が50の産業で導入されれば、投資ポートフォリオは多様化され、経常収益が生まれるはずだ。

スミスは、ソフトウェア企業は怒涛のようにキャッシュを生み出すだけでなく、実は融資の担保となる最高の資産を持っていることに、ウォール街もじき気付くだろうと考えていた。彼らに保守契約という最高の資産があることに。

ソフトウェア契約は、先取特権より優れた担保だというのがスミスの考えだ。「企業は、先取特権の利息よりもソフトウェアの保守料またはサブスクリプション料金を先に支払います。つまり、私たちが最初に支払いを受けるのです。信用貸付としてどちらが優れているかは明白です。私たちのソフトウェアがなければ、企業は営業できないわけですから」

00年、スミスはサンフランシスコでビスタの営業を開始した。当初の買収はすべて株式譲受によるものだった。それが収益性の高い取引を成功させていくうちに、アプライド・システムズという保険ソフトウェア企業の買収資金の貸し手が現れるに至った。04年、これはビスタの最初のLBOとなった。07年には、複数の公益事業向けソフトウェア企業を合併させて「ベンティクス」を設立。既存の顧客に販売する商品を大幅に増やし、後に電力技術や自動化技術を扱うABBにこの会社を売却した際には、10億ドル近い利益を手にした。

振り返れば、スミスの最初の買収ファンドは、手数料差し引き後で年間29.2%のリターンを達成していた。機関投資家から資金を調達して設立した2つ目のファンドでもスミスは、年間27.7%の手数料差し引き後のリターンを記録した。

11年、シリコンバレーのバブルを逃れるため、ビスタ本社をテキサス州オースティンに移した。このころまでには、スミスはほとんど自分の思うままにビジネスを行えるようになっていた。

他のPE投資会社が企業向けソフトウェア企業の買収取引に関心を向けつつあるいま、ビスタのシステムはこれから大きな試練を迎えることになる。“お買い得な”取引はこれまでより獲得しにくくなっているが、ビスタがそれぞれの取引で目指す目標は、これまでと変わらず出資資金を3倍にすることだ。スミスは、今後は投資先企業をこれまでより長く保有することになると考えている。
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文=ネイサン・バルディ 翻訳=木村理恵

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