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I solve the “people pain points” that keep leaders awake at night.

Mangostar / shutterstock

友人や同僚との会話の中で、相手が自分の抱える問題やストレスについて話すことがあるだろう。例えば、上司に叱られた、昇進機会を逃した、前触れなしに新たな部署に異動になった、といった話だ。

そんな時、相手が困難に立ち向かえるよう、良かれと思ってこう言った経験があるのではないだろうか。「悪いことに思えるけど、逆に運が良かったのかもしれないよ」と。

例えばこんな具合だ。仲のいい友人から、勤務先の経営が厳しくなり、リストラが増えているという話を聞く。友人は「上司のストレスがひどくて、本当にばからしい細かいことでいつも怒鳴り散らしてくるんだ」と嘆くが、これに対し、あなたの返事はこうだ。「それできっと良かったんだよ。上司の本性が分かったんだから」

この返答は共感的と言えるだろうか? これは、私が創業したコンサルティング企業「リーダーシップIQ(Leadership IQ)」が実施したオンライン調査「あなたは共感力を持って話を聞けるか?」で実際に問われた問題だ。回答した数千人のうち、約35%がこの返答を「共感的」だと答えた。しかし残念ながらそれは間違いだ。この返答は共感的とは言えない。

なぜなら、この言葉は、「きっと大丈夫だから」という理由で、相手の話に耳を傾けたり共感したりするのをやめることを暗に正当化しているからだ。すると、この会話に感情的なエネルギーを費やす必要がもはやなくなってしまう。

相手が直面しているつらい状況を「実は幸運なこと」とみなすことで、相手の話に耳を貸すのをやめ、会話の方向を「気持ちの切り替え」と問題解決に向けたものに即座に変えてしまうことになる。

おそらく、わざと友人の話の腰を折ろうとしているわけではなく、本当に相手を助けたいと思っての行為だろう。しかし問題なのは、相手が自分の問題について話している時は大抵、すぐに問題解決に移る準備がまだ出来ていない段階だということだ。

自分の抱えるストレスや困難について語る人の多くが欲しているのは「共感」だ。自分に起きていることを、相手に知ってほしいのだ。孤独感を癒したかったり、自分に起きていることがまだ自分でものみ込めていない段階だったり、うっぷんを晴らしたかったりするのかもしれない。

しかし、「いや、君の見方は間違っているよ。これはそんなに悪いことではなくて、むしろ良いことだよ」などという言葉を求めていることはほとんどない。

編集=遠藤宗生

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