240人の来場者の多くが、シェフや料理関係者、漁業関係者で、なかには台湾新幹線に乗り、台中からやって来た人もいる。お目当ては、日本から招かれた5人の魚のプロと、イベントの仕掛け人である稗田良平。日本の魚の美味しさの秘密、そして魚の「神経〆」を紹介する、台湾初のイベントだ。
ロック調にアレンジされた三味線の音楽が流れ、正面には各登壇者の名が劇画調に書かれた垂れ幕が下がる。若者にもアピールする、クールなイベントになっている。
かつての日本に重なる台湾の現状
会場の熱気の中、稗田が開会の挨拶に立った。稗田は、東京のミシュラン3つ星のレストラン「龍吟」が、4年前に台湾にオープンした支店「祥雲龍吟」の料理長だ。
稗田のコンセプトはいわゆる日本料理とは一線を画する。世界中のほとんどの日本料理店が、日本からいかに良い魚を輸入するかにしのぎを削るなか、「台湾の食材で、日本料理の豊かさを表現する」というのが稗田の考えだ。台湾の魚を使って、日本料理をつくる。魚だけではない、味噌や醤油を含め、食材のほぼ100%が台湾産だ。
「この3年間は、食材を探すために、台湾各地を巡り、情熱あふれる生産者の方々に出会い、こだわりの食材を使わせてもらっています。海に囲まれた台湾には、素晴らしい海産物があります。しかし、処理の仕方が十分でなく、その良さを出しきれていないとずっと感じていました。私は台湾が大好きです。お世話になった台湾に恩返しをするという意味で、今日は私が日本で知っている、一流の魚のプロたちに来ていただきました」
稗田が会場に集まった人たちにそう語りかけると、いよいよ次は、この日のメインイベント「神経〆」についての紹介だ。「神経〆」とは、魚を脳死させて脊髄にワイヤーを通すことで、旨味成分を損なうストレス物質を発生させずに、魚の旨味を最大に保つ方法だ。
台湾では、漁師は基本的に魚を「活け」では持ち帰らない。せっかく漁船に生簀(いけす)があっても、使用しないことが多いのだ。台湾の市場では、魚は品種と重さでしか評価されないため、漁師たちは時間のかかる「神経〆」をする手間を無駄だと感じている。
今回招聘された魚のプロのうちの1人、愛媛の漁師である藤本純一の目には、自分がかつて直面していた問題と、いまの台湾の現状が重なって見えていた。
藤本は、18歳で父から漁師の仕事を継いだときに、「港で一番の漁師になる」と決めた。人よりも多く働き、嵐の日も漁に出て、本当に港で一番の稼ぎをあげるようになった。
仕事が行き詰まり始めたのは、7年ほど前。魚を獲れば獲るほど、需要と供給のバランスで市場の価格は下がり、それでも売り上げの目標を達成しようとすれば、小さな魚でも獲って出荷するしかない、乱獲が続いて、状況はどんどん悪くなった。不安に苛まれる日々が続いた。
そんなとき、1人のシェフに出会った。そのシェフは「良い魚が欲しい。値段は、言い値でいい」と、気に入った魚があれば市場価格の2倍、3倍の値段で買ってくれる。藤本は「こんな世界があるのか」と驚いた。