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川村雄介の飛耳長目

KPG Payless2 / shutterstock.com

古いが頑丈そうな自転車だった。街角に止まると、辻々から子供たちが集まってくる。中年男がサドルから降りて、荷台の四角い箱の前に立つ。自転車の横に陣取った小学生が叫ぶ。「今日は、墓場鬼太郎をやってよ」。そう紙芝居だ。昭和30年代にどこの町でも見られた光景である。

紙芝居で育った子供たちは、中学生になるとテレビや漫画に目を移していった。どこの家庭でも「テレビや漫画ばかり見ていないで勉強しなさい」という母親の声が轟いていたものだ。「現代っ子はテレビっ子」といわれた時代、同時に私たちの大きな楽しみは漫画雑誌だった。 

高校生から大学生ともなると、テレビは相変わらずだが、漫画よりも文学全集や哲学本、総合誌や思想誌を読みふけるようになった。仏語辞書とアポリネールの詩集を持ち歩く女子に憧れ、図書館のロビーでパイプを燻らしながら米国のタイム誌を読む教授が眩しく、また少々嫌味に映ったものだった。 

そのタイム誌が身売りに出た。同誌は各国版を発行し、ニュースからエンタメまで総合的にカバーする、まさに世界を代表する雑誌である。だが、販売部数と広告収入は低迷の一途、近年のネットメディアの勢いに押され、デジタル化に乗り遅れるなかで単独での生き残りが困難になっていた。買い手は、出版とともに地方テレビ局事業などを手広く営み、経営が安定している総合メディア大手のメレディスだ。

日本でも、人々のメディアへの向き合い方が激変している。博報堂の調査によると、この10年余りの間に、メディア別の接触時間の割合は、モバイルやパソコンが25%から46%へほぼ倍増、半面でテレビのシェアは51%から39%と2割以上減っている。 

もっと深刻な惨状を示しているのが活字メディアだ。新聞のシェアは10%弱から5%、雑誌も6%から3%と、いずれも半分に落ち込んでいる。しかもこの傾向に歯止めがかかる気配が見られない。

テレビ局は他業態との連携でサブスクリプション型配信を模索し、出版業界もネット対応を急いでいる。それも静止画から動画へ、机上のパソコンからモバイルへの時代である。こうしたデジタル化の巧拙とスピードが出版社の今後を制することは間違いないだろう。クールジャパンの流れに乗った海外展開も重要な選択肢だ。 

こうした「媒体」への適応が既成メディアの生き残りに不可欠だが、もうひとつ本質的な課題がある。コンテンツだ。紙芝居でも、人気は出し物の中身というコンテンツにあった。昨今話題のNetflixも、惜しみない投資で実現した、良質でスケールの大きい自社制作作品なしには、大成功はおぼつかなかっただろう。テレビであれ、雑誌、書籍であれ、はたまたSNSであれ、コンテンツの良し悪しが大きな決め手になることは、今も昔も変わらない。

媒体の高度化でもコンテンツの良質化でも、資金力がものをいう。ハリウッドに比べて、日本の映画の資金規模が一桁違う点は、かねてから指摘されている。この分野にもそろそろ思い切ったファンド投資が登場しないものだろうか。  

文=川村雄介

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