優秀な教員は、給与が高い?
そう言うのは簡単だが、ずば抜けて能力のある教員を、相当な給与で採用できるから成り立っているモデルなのではないか。疑問を投げかけてみると、意外な答えが返ってきた。「その逆です。長年にわたり、本校はニューヨークの私学の中でもほぼ最低水準の学費と、最低水準の給与を支払う学校として知られてきました」
驚いて調べてみると、学費は中学から高校にかけて年間約450万円。通学制のため、寮費などは一切含まれない。これなら相当な給与を支払えるのでは……と一瞬思ってしまったが、実はきめ細やかな教育を実現するために、教員対生徒比率が4:1と極端に低く(スイスの高額なボーディングスクールと同水準である)、これが学費を押し上げる形になっている。教員の給与が、他校より高いわけではないようである。
先ほどの若手教員に、その条件のもとで働き続ける理由を聞いてみると、「自分の才能を活かし、クリエイティブに考えて、自由に授業を設計できるのは嬉しい」と言う。こうした環境は、少人数制であることにも由縁している。
授業は小学3年生までは20名ほどの生徒に担任2名。小学4年生からは必修科目と選択科目に分かれるため、教員1名あたりの生徒数は科目によって3名から15名。一人一人の生徒の興味や理解度や学び方の特徴に、目がゆき届く範囲である。逆に、そうでなければこういった教育はできないだろう。
3割の生徒に奨学金を給付
きめ細やかな教育には、コストがかかる。一般的に、学校予算の5〜7割は人件費である。上述のような教育をブルックリンで実現すれば、通学制の学校で年間450万円の授業料になってしまうことも理解できなくはない。
クラスを8つほど見学して、印象に残ったことがある。最近訪問した学校の中では白人比率が最も高い部類だったのだ。この疑問を問うと、「率直に申し上げると、ダイバーシティは大きな課題だと思っています。近年、その強化のためにDirector of Diversityを置き、様々なワークショップなども始めています」とHaddock氏。確かに、学年が下がるにつれて、表面的にわかるレベルだけでもダイバーシティが増していた。
学費については、払える家庭にはきちんと対価を払ってもらい、それが難しい家庭には奨学金を出すというモデルだ。「人数でいうと31%の生徒に、家庭の経済事情に応じた奨学金、あるいは一部成績優秀者のための奨学金を給付しています」とHaddock氏は話す。
日本では、長年にわたって、学費水準を低く抑えてほぼ全員が同じ金額を支払うモデルが一般的だった。奨学金は経済事情に応じたものよりも、いわゆる学業成績優秀者に給付することが多かった。しかし「一億総中流」時代は過去のものとなり、いまや子どもの6〜7人に1人が相対的貧困の中で暮らす時代。富めるものがより富を手に入れる社会経済構造の中においては、そろそろ「応能負担」を考える時期に来ているのかもしれない。
特に私学において、公立にはできないかもしれないユニークかつきめ細やかな教育をするためには、根本的な経営指標を見直すことも考えられるのではないだろうか。
次回は、学力テストをしないだけではなく、生徒一人一人に何を学びたいかを決めさせているプログレッシブな小学校の事例を紹介しながら、引き続き日本における教育の選択肢の幅について考えてみたい。
ISAK小林りん氏と考える 日本と世界の「教育のこれから」
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