アイザック・ニュートンといえば、人類の歴史の中でも指折りの偉大なスペシャリストである。ニュートンには人づき合いがほとんどなかった。寝室に何日も籠もって研究に没頭し、たまに散歩に出ても、ぶつぶつと何かを呟きながら地面に棒で方程式を書いていた。隣人が誰かも知らず、友人もおらず、一度も結婚しないまま生涯童貞だったとまで言われている。
だがニュートンの万有引力の発見のおかげで、人類は錬金術の世界から近代科学の世界へと扉を開くことができたのだ。
本書ではこのように、人々が常識だと思い込みがちな成功のための法則が、すべてエビデンスベースで検証し直されている。ただ、『残酷すぎる成功法則』という書名は、やや誤解を招くかもしれない。これだとなんでもかんでも常識の逆をいくようなことが書かれていると思われそうだからである。
たしかに「いい人」はいかに損をするかということが統計データなどで示されていたりはするが、よく読むと、嫌なヤツのほうが利益を得やすいのは短期的な場合のみで、長期的には親切で協調的な人物のほうがうまくいくということも書かれている。それは多くの人にとって残酷な結論ではないだろう。
本書の原題は「Barking up the wrong tree(間違った木に向かって吠える)」で、こちらのほうが「見当違いな成功法則を有難がっていませんか?」というニュアンスが出ているかもしれない。
著者のエリック・バーカーは、『ニューヨーク・タイムズ』や『ウォール・ストリート・ジャーナル』などでも紹介される人気ブロガーで、原題と同名のブログでは、すべての主張に、どのようなエビデンスに基づいているかのリンクが貼られていて、多くの読者の支持を得ているという。
本書の巻末にも膨大な英文のリンク先と100冊近い邦訳文献が示されている。「主張にはエビデンスがなければならない」というコンセプトは、もともと90年代に医療の世界でEBM(根拠に基づく医療:evidence-based medicine)として広まったもので、この流れは次いで教育界へと波及した。たとえば近年ベストセラーになった中室牧子氏の『学力の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などもこの考えに基づいて書かれた本だ。
巻末の邦訳文献をみると、行動経済学などの分野の本が多くあげられていることがわかる。このところノーベル経済学賞でも行動経済学からの受賞が多いが、いまや不可解な人間の行動でさえ、科学の知見でその秘密が解き明かされようとしている。まさに時代は「科学とエビデンス」なのだ。
本書は「自己啓発」といういい加減な主張がまかり通っていた分野に、科学とエビデンスの視点を持ち込むというアイデアが素晴らしかった。
断言しよう。もしあなたが成功を望むのなら、座右の自己啓発書は、この一冊だけで事足りるだろう。
え? その根拠はあるのかって? それを証明するには、わたし自身が成功者である必要があるだろう。あと10年待って欲しい。10年後にはきっと、わたしのアドバイスを聞いて良かったとあなたは感謝しているはずだ。
読んだら読みたくなる書評連載「本は自己投資!」
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