ー以前、田中社長は「技術の段差」という言い方を用いて、「歴史の進化のなかで、自分がいま段差にいるとは気づかないが、後になって『あの時は次の局面にジャンプするための段差だった』と気づくことがある」と言っている。
田中:そうなんです。だから、この世界は面白いし、M&Aも「早く決めて、あとはスピードだよね」と言ったのです。
玉川:通信業界から、侵略者のように思われていたとは面白いですね。実は、既存の産業を壊そうと事業をやっていたわけではなく、むしろ逆の考え方でした。
私はIBM基礎研究所に勤めた後、アメリカ留学を経て、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)の日本事業を立ち上げました。AWSでは既存のコンピュータ企業のことはまったく考えておらず、顧客にいかに簡単にコンピュータという資源を分け与えるか、誰でも簡単にすぐに使えて、最新のAPIやプログラムでコントロールできればクールだという発想です。田中社長がアメリカに留学されたのが……。
田中:84年です。
玉川:僕はその22年後の06年にアメリカ留学し、その年はまさにクラウド元年でした。クラウドの登場まで、インターネット企業はサーバー用のコンピュータを何千万円も出して買う必要があったのに、クラウド事業者であるAWSは、「10円からスタートできます」と。それは、最初は小さく始めて、必要な分だけ調達していけばいいという仕組みを提供する、オープンでフェアなプラットフォーム事業でした。
10年から日本でAWSの日本事業の立ち上げをやり始め、日本から多くのクールなスタートアップが出てくることに期待しましたが、蓋を開けてみると、それほど登場しなかった。それである夜、後にソラコムのCTOとなる安川健太と飲んでいるときに、先ほど田中さんがおっしゃったように、クラウド上でモバイルのコアが作れるのではないかという事業アイデアを思いつきました。
そういった経緯なので、モバイルビジネスを破壊しようと思ったのではなく、イノベーションを起こそうと思ったときの障壁を下げようと思ったのです。コンピュータが簡単に手に入るようになったのと同様に、クラウドによってモバイルが簡単に手に入る世界を作りたかったのです。
田中:おっしゃる通りで、昔はハードウェアを買う必要があり、それなりの値段がする。それでお金が回らなくなるベンチャーはたくさんいました。
玉川:クラウドという材料を提供する会社があり、我々はその上に乗ってモバイルという材料をスタートアップに門戸を広げて提供します。どの企業も最初は少しだけしか使わないものですがスタートアップや、大企業の新規事業部がうまく活用すれば、事業が大きく伸びるきっかけとなる。それはイノベーションのプラットフォームが作りたいという、ソラコム創業の理念そのものです。