ドイツ発「インダストリー4.0」の現在地

「インダストリー4.0」では製造業とITの融合を目指している。AR(拡張現実)やVR(仮想現実)などのテクノロジーを使う製造現場も。

2011年にドイツで製造業のデジタル化計画「インダストリー4.0」が発表されてから6年─。ドイツ製造業界の現状、そして、そこから日本が学べることとは? 現地在住の記者が報告する。


「我が社は今後5年間で、すべての製造工程にインダストリー4.0の技術を導入する。これによって、労働生産性を現在に比べて30%引き上げることができる」

ドイツ南西部の機械メーカー「トルンプ」で工作機械部門を率いるマティアス・カミュラー部長は、2016年4月にディツィンゲンの本社でこう宣言した。

板金の自動切断システム、レーザー技術、エレクトロニクスなどの分野で世界的に有名なトルンプは、1923年に3人の技師が機械工場として創業した。ドイツに多い家族経営の典型的な中規模企業(ミッテルシュタント)だが、世界中に約1万1000人の従業員を雇用し、15年度には28億850万ユーロ(約3511億円)の売上高を記録。売上高は、05年からの10年間で70%増加している。

トルンプの年商の約79%は国外で生み出されており、同社が積極的に国際展開を行っていることがわかる。本社を置くバーデン・ヴュルテンベルク州は、ドイツでも伝統的にモノづくりが最も盛んな地域の一つ。特定のニッチ分野については、世界市場で大きなシェアを持つ「隠れたチャンピオン」と呼ばれる強豪企業がひしめく。トルンプは数あるミッテルシュタントの中で、センサーやソフトウェアを用いてデータを収集・分析するインダストリー4.0の実用化に最も積極的な企業の一つだ。

「インダストリー4.0の技術の導入により、経費、原材料の使用量、製造ミスの件数を減らすことができる。我が社はすでに板金加工の工程を完全にデジタル化したほか、3つのパイロット・プロジェクトを実施している。インダストリー4.0の技術を導入した分野では、実際に労働生産性を高め、作業工程を節約することができた」と、カミュラーは語る。

だがトルンプのインダストリー4.0とのかかわりは、自社の生産効率を高めることだけにとどまらない。同社は、顧客にインダストリー4.0関連のソフトウェアを提供して、生産効率を高める事業にも進出している。カミュラーは続ける。

「たとえば、実際の加工作業に1時間かかるとすると、そのための計画には4時間かかる。我々は、インダストリー4.0の技術を応用して、計画にかかる時間を短縮するソリューションを提供したい」

トルンプの新しいデジタル戦略の中核となるのが、15年秋に同社が創業したアクソーム・ソリューションズという子会社だ。アクソームは、「インダストリー4.0の技術を使って生産効率を引き上げたい」と希望する顧客を支援するために、スマート工場のためのオペレーティング・システム(OS)を開発する。

スマート工場では、工作機械、部品、製品が無線タグで接続されて、情報を交換し合う。このために分散型の生産ライン管理が可能になるほか、一つの生産ラインで異なる種類の製品を組み立てることができる。大量生産のコストで、個別生産が可能になる。アクソームは、OSを顧客の製品ポートフォリオやニーズに合わせてカスタムメイド方式で作成する。

カミュラーの妻で、トルンプ会長のニコラ・ライビンガー・カミュラーは「アクソームの創設により、トルンプは製造業のためのソフトウェア開発という新しいビジネスモデルを生み出す。我が社に機械製造についての豊富な経験があることは、顧客にとって大きな魅力になるだろう」と語る。
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文 = 熊谷 徹

この記事は 「Forbes JAPAN No.38 2017年9月号(2017/07/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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