ドイツ発「インダストリー4.0」の現在地

「インダストリー4.0」では製造業とITの融合を目指している。AR(拡張現実)やVR(仮想現実)などのテクノロジーを使う製造現場も。


データ保全に不安の声

ミッテルシュタントではなぜインダストリー4.0の導入が遅れているのか? ZEWのアンケートでは、「従業員のITスキルが不十分」「データ保全への不安」「投資コストの高さ」を挙げた企業が最も多かった。

高いイノベーション力を持つミッテルシュタントの最大の売り物は、独自の製造ノウハウだ。それだけに、製造ノウハウをデジタル化したり、工場や工作機械をインターネットに接続したりすることで、機微な情報が盗まれることに不安を抱く企業は多い。彼らが不安を募らせているのが、近年、世界中で増えているサイバー攻撃だ。今年5月中旬に、「ワナクライ」と呼ばれるウイルスのために、150カ国で約30万台のコンピュータが使用できなくなった。インダストリー4.0が普及し、全世界で数百億個の製品がインターネットで接続されるとともに、企業のサイバー攻撃に対する脆弱性は高まる。このため、ミッテルシュタントのデータ保全に関する懸念は、今後も強まることが予想される。

またZEWのアンケートによると、従業員のITスキルの不足や、IT専門家が見つからない点、さらにデジタル化に対応して組織の変革が必要な点を、「大きな困難」と指摘している企業が多い。機械メーカー「ファクトリー・オートメーション・エンジニアリング」のローマン・ストゥーデニッツは、「インダストリー4.0導入のうち、最も難しいのは、会社組織を新しいテクノロジーに合わせてどのように変革するかだ。企業のイノベーションは、これまで以上に加速されなくてはならない。ビジネスのプロセスをインダストリー4.0に合わせて変更できなくては、この新技術は潜在力を十分に発揮できない」と語っている。

ドイツ政府と一部の企業は、インダストリー4.0を成功させるには職業訓練と教育を変える必要があると判断し、準備を始めている。ドイツには、「プラットフォーム・インダストリー4.0(PI4)」と呼ばれる官民一体のIoT推進団体がある。13年に創設されたPI4の最高責任者は、連邦経済エネルギー大臣と連邦教育科学大臣。PI4には前出のBITKOMのほか、BDI(ドイツ産業連盟)、VDMA(ドイツ機械工業連盟)、ZVEI(ドイツ電気・電子工業連盟)など、主要経済団体の大半が参加している。

PI4は今年3月に、IoT時代の雇用と職業教育に関する提言書を発表。政府に対して経済団体、労組、学識経験者による、職業教育の改革についての協議の場を設けるとともに、労働や教育をIoTの時代に合わせて変革する構想を作るように要請した。提言書の中でシーメンスの研修責任者が「将来の電気技術者は、電気技術に関する知識を持っているだけでは不十分。スキルの60%が電気技術、20%が機械製造、20%がIT技術でなくてはならない」と語っているのが印象的だ。
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文 = 熊谷 徹

この記事は 「Forbes JAPAN No.38 2017年9月号(2017/07/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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