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2017.08.30 08:00

草むらには目を光らす北朝鮮兵、遊覧ボートから見る中朝国境の今

中朝をつなぐ図們大橋。対岸にふたりの領導の写真を掲げる北朝鮮のイミグレーションが見える(撮影/佐藤憲一)

中朝をつなぐ図們大橋。対岸にふたりの領導の写真を掲げる北朝鮮のイミグレーションが見える(撮影/佐藤憲一)

かつて北東アジアの大地に多くの日本人が住んでいた。ところが、戦後の日本人はこの地域をほとんど見ようとしなかった。冷戦構造で分断されていたせいだが、アメリカの衰退、中国の台頭、北朝鮮の挑発という国際環境の変化の中で、我々は再びこの地域の現実と向き合わざるを得なくなっている。

メディアはこの地域を政治的、軍事的な視点から報じがちだが、そこには人々の日常の暮らしがある。

経時的にこの地域を訪ねてきたボーダーリストの視点から、特に国境周辺に暮らす人々の衣食住や生の声、両国の人々の移動や往来、経済や文化の交流の姿を通じて見えてくる北東アジアのリアルを伝えたい。

さて、最初に質問。このいかだのような小さなボートはどこを航行しているのだろうか。


いかだ型ボートは川面を渡る風が肌に心地よい。ただし、ここは中朝国境最前線(撮影/佐藤憲一)

答えは、中朝国境を流れる図們江(朝鮮名:豆満江)だ。中国の少数民族のひとつである朝鮮族が多く暮らす吉林省延辺朝鮮族自治州図們市にある観光客用の遊覧ボートである。

そこが中朝国境最前線だという緊張感を腰砕けにしてくれる光景である。のどかな行楽地にしか見えないが、ボートを浮かべた川幅30mほどの向こうに見える木々や山並みは北朝鮮領なのだ。

遊覧ボート乗り場は、図們市と対岸の北朝鮮の町、南陽をつなぐ図們大橋から徒歩5分ほどの公園の中にある。20分ほどの遊覧コースで、乗船料はひとり60元(約1000円)。図們江は冬季には氷結してしまうので、夏季のみの営業だ。

乗客は中国国内のレジャー客や韓国からの旅行者が多い。ライフジャケット着用して10人乗り程度の小さなボートに乗り込むと、ゆるゆると上流に向かって走り出す。

すぐに見えてくるのが図們大橋だ。この橋は日本時代の1941年に造られたもので、かなり老朽化しているが、現在は中朝両国を結ぶイミグレーションとなっている。つまり、両国民はこの橋を使って往来しているのである。


図們大橋が見えてきた。ボートの上から撮影(撮影/佐藤憲一)

ボートはこの橋をくぐって、もうひとつの鉄道の国境橋に向かう。その手前でUターンするというのがコースである。

ところで、ボート乗り場に「朝鮮側にカメラを向けないでください」という貼り紙がある。川沿いに北朝鮮の国境兵士がたまに潜んでいるので、彼らを刺激しないためだという。

実際、ボートが出た後、なにげに川向うを眺めると、確かに草むらの陰に兵士らしきおじさんが座わりこんでじっとこちらを見ている。ドキリとする瞬間だ。なるべく目を合わせないようにしなくては…。

派手なワンピース姿の中国の若いふたりの女性客も同乗していたので、不測の事態を案じてこっそり写真を撮るのは控えることにした。なにしろ兵士のおじさんとは10数メートルしか離れていないからだ。

まったく中国人というのは好奇心旺盛な人たちだ。日本のテレビレポーターであれば、「迫真の中朝国境ルポ」とでも称してテレビカメラを回す場面かもしれないが、実のところ、カメラの映り込まないすぐそばには、子供連れのファミリー客の笑顔があふれているのだ。


親に連れられ小さな子供も乗船している(撮影/中村正人)

2000年代以降の中国経済の急成長により中朝国境の風景は大きく変わった。そもそも遊覧ボートを浮かべてボーダーツーリズム(国境観光)を楽しんでいるのは中国側だけ。もちろん、ここで遊覧ボートを営業することは北朝鮮側にも許可を取り、中国の運営会社から利益の一部がショバ代として渡っているのだ。
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文=中村正人

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