ディープラーニング研究が足踏みをしていた06年、エヌビディアはCUDAというプログラミング用ツールキットをリリースした。CUDAはJavaやC言語と同じくらい扱いやすくする画期的なツール。利用すれば、既製品とは比較にならないほど安く、簡単に、高い演算能力をもつチップを販売できる。
「ディープラーニングに理想的なコンピューティングモデルであることに気付きました」。フアンは長期的視点に立ち、CUDAを利用したディープラーニング技術の開発を支えるソフトウェアエコシステムへ大規模な投資を開始した。
フアンには先見の明があったと言える。08年、スタンフォード大学のアンドリュー・ヌグ教授はディープラーニングにGPUを利用する効果に関する論文を書き、その2年後には、グーグルCEO(当時)のラリー・ペイジとともにGoogle Brainを立ち上げた。12年には、トロント大学の大学院生だったアレックス・クリゼフスキーが、エヌビディアのゲーミングカードGeForceを利用し、ディープラーニングのニューラルネットワークに120万点の画像を入力することに成功。しかも、彼が開発したモデルのエラー率は15%だった。前モデルでは25%前後だったことを考えると、飛躍的な向上である。
これらを皮切りに、ディープラーニングの波は山火事のごとく広がり、マイクロソフトやフェイスブック、アマゾンでも研究プロジェクトが立ち上がった。その中心となったのがエヌビディアのGPUだった。
「複数年にわたってかなりの投資を行いました」と、CUDA開発のリーダーを務めたイアン・バックが話す。「今、当時の投資の恩恵を受けています。フアンが何年も粘り強く賭けてきたおかげです」。
「企業文化」を最重視する
かつて、現在のエヌビディアと似た立場にあった企業がある。68年に半導体メモリ製造会社として出発し、一時代を築きながら、85年には事業から撤退。新興技術であるCPUの開発・生産に経営資源を集中し、「半導体の巨人」として見事な転身を果たしたインテルである。
果たしてエヌビディアは、“ネクスト・インテル”になれるのか。今、世界中から熱い視線が注がれている。
周囲も指をくわえてエヌビディアの成功を眺めているはずがない。大手チップ会社のほとんどがこの分野に参入し、スタートアップも数多く産声を上げている。
これまで自社でチップを作ったことがなかった、エヌビディアの顧客たちも製造に乗り出した。15年5月、グーグルは地図や検索結果を向上させるため、データセンターに自社製のチップを実装していることを明らかにした。マイクロソフトも、自社のデータセンター用チップを開発していることがわかっている。そして、インテルだ。スマートフォンの波に乗り遅れたインテルは、ディープラーニングの流れにはついていこうと必死だ。
自社でAI研究を行っていなかったため、15年に167億ドルでFPGAメーカーのアルテラを買収。16年8月にはAI用チップ開発スタートアップのナバーナ・システムズを、さらに翌月はモヴィディウス(金額非公開)を手中におさめた。