2017年12月28日、インドのサティッシュ・ダワン宇宙センターから、月へと飛び立つ。この「SORATO」の開発にいちばん最初から関わっているのが、東北大学の吉田和哉教授だ。月面探査機にかけては世界的にも他の追随を許さない研究を続けている吉田教授に、「SORATO」に至るまでの開発秘話を訊く。
東北大学の工学部は、仙台市内の青葉山に広大なキャンパスが広がる。そのなかの大学院工学研究科が吉田教授のホームグラウンドだ。研究室には何台ものローバー試作機が置かれてあり、一角にある1メートル程のボックスに収められた灰色の砂が目に入った。
「これは月の砂を模したレゴリス・シミュラント(模擬砂)というものです。ひじょうに高価で、それほど多くは流通していません。わたしたちはこの模擬砂を使って、月面でもきちんとタスクを遂行できる探査機を、これまで何度も実験し、開発してきました」
「ちょっと触ってみてください」と模擬砂を指し示す吉田教授。宇宙について語るときの教授の目は、子供のようにきらきらと輝いている。
吉田教授は、幼い頃、アポロ11号の月面着陸(1969年)を目の当たりにして、宇宙へ強い関心を抱きはじめたという。東京工業大学の工学部に進み、ロボット工学などを学ぶが、宇宙への夢捨てきれずに、大学院に進む際には担当教授からもロボットと宇宙を結ぶことをすすめられ、宇宙探査ロボットの研究をスタートさせている。
その後、マサチューセッツ工科大学客員研究員、東北大学助教授を経て、2003年から同大学の工学研究科教授に着任。これまでも、宇宙ロボット技術試験衛星「おりひめ・ひこぼし」、小惑星探査機「はやぶさ」などの国家的プロジェクトにも携わってきた。チームHAKUTOでは、それら知識と経験を生かし、月面探査レースGoogle Lunar XPRIZEの要でもあるローバーの開発を牽引してきた。
ヨーロッパから舞い込んだ参戦の誘い
「2007年9月にGoogle Lunar XPRIZEの構想が発表されたとき、一研究者として挑戦したくなり、いてもたってもいられなくなりました。ただ長らく宇宙関連プロジェクトに携わっていた経験がその気持ちにブレーキをかけた。というのもロケットを一機打ち上げるのには、少なくとも50億円から100億円はかかる。その資金面での課題をクリアしなければならないうえに、月面への着陸船であるランダーも開発する必要がありました。正直、ひとりですべてやるのはとても不可能だというのが、最初の感想でした」
自らの研究を役に立てることができる月面探査レースに挑戦したい、そんな思いを抱えながらも、現実的な問題を前になかなか歩みを進められずにいた吉田教授だったが、転機が訪れたのは2009年だった。ヨーロッパのチームであるホワイト・レーベル・スペースから、「参戦」の誘いが舞い込んだのだ。
「オランダにある欧州宇宙技術研究センターで仕事をしていたアンドリュー・バートンという人物が、ヨーロッパの若手研究者を集めて、Google Lunar XPRIZEへの挑戦を表明しました。ホワイト・レーベル・スペースは、その挑戦のために設立された会社でした。当時、彼らはランダーの技術は持っていたのですが、月面を走るローバーを開発する技術がありませんでした。そこでわたしに協力の要請があったのです」
「ロボット技術は日本がナンバー1だ。協力して大きなことを成し遂げないか」そう提案してきたホワイト・レーベル・スペースのメンバーたちの言葉に背中を押された吉田教授は、Google Lunar XPRIZEへの参戦を決意する。