また、足尾銅山の社宅があった廃墟に、鹿の頭蓋骨など白骨が散乱していた。
「骨を食べに来ることもある。クマだけでなく、リスが鹿の背骨を食べに来たりね。自然の食物連鎖で、鹿が死ぬとカラスや鳥に始まり、微生物からクマまで、いろんな生物が食べに来て、死体をきれいに掃除してくれるんだよ」
廃墟の側溝に散乱する鹿の白骨 (c)横田博 *無断転載禁止
つまり、クマは何でも食べる雑食で、木の実の豊凶だけが原因とは考えにくいのだ。ちなみに、クマは共食いもする。子供のクマを食べるのだ。世界的にも珍しいそのシーンを、横田は映像に収めた。
「ジローと名付けたメスのクマがいて、子供と一緒にカラマツの木に登っていたんだよ。そしたら、巨大なオスのクマが現れて、猛然と木に登ってジロー親子を襲おうとする。子供を守ろうとしてジローはオスと取っ組み合いになり、木から落ちると、取っ組み合いをしたまま山の斜面を転げ落ちていった。ジローがオスの足をがぶりと噛んで抵抗したんだけど、オスはジローを振り切り、ものすごいスピードで斜面を駆け上がると、木に登って子供を食べてしまった。離れたところからジローが呆然とした姿で、子供が食べられるところを見ていたね」
ハンターがクマを仕留めて腹を割くと、胃の中からクマの子供のツメや毛が出てくることがある。クマの雑食性や凶暴性を物語る話である。
では、人間を襲う理由は何かと聞くと、冒頭のように「襲わなかった理由から考えてみた」と言うのだ。
超高齢社会とクマ社会
横田が富山県で講演を行った時のこと。立山で驚いたのは、尾根をまるでアリの行列のように登山者が連なっていることだった。
「どこの山でも登山者が増えたね。定年退職して時間ができた高齢者が山の奥までハイキングをするようになったんだね。山の奥深いところは若いクマでさえ入らない。そこはエサが豊富で、一番強い巨大なクマの縄張りだから。
そこに登山者たちが入り込むと、人間を恐れるクマが追い出されるように山奥から出てきたんだと思う。以前は、人間社会とクマ社会がお互いを警戒して、住み分けていた。ともに学習するから、互いの領域には入ろうとしなかった。そこが崩れたんだと思うよ」
横田は人間の歩き方にも言及する。
「人間が現れると、クマは人を恐れて林の中に潜む。人間が歩いて立ち去るのを待つんだけど、山菜取りに来る人間は一定方向にまっすぐ歩かない。山菜を探しているから、行ったかと思ったら、また戻ってきたり、右に左に歩き、それを見たクマは自分に向かってきたと驚くんだよ」