今年、クマが人間を襲う事件が相次ぐことについて、横田は栃木訛りでこう言う。
「なぜクマが人を襲うようになったのかを探るのではなくってさ、今までなぜ人を襲わなかったのか。クマにブレーキをかけていたのは何だったのかを考えた方がいいんでないか?」
もともと横田は地元で接骨院を経営しながら中禅寺湖などで淡水魚の水中写真を撮影していた。しかし、1988年6月、地元に近い足尾銅山でクマに遭遇して以来、28年にわたって山に分け入り、クマの生態を映像に収め続けている。
そうした横田の活動は、昨年、NHK『WILDLIFE』で紹介され、横田が撮影に成功した「子供のクマを襲って食べるクマ」など、知られざる生態として放映され、話題となった。
私(筆者)が旧知の横田を訪ねたのは、急増するクマ被害の原因を知りたかったことと、学者や狩猟解禁期間が3か月と限られているハンターよりもクマの生活を彼がよく知っているからだ。
ブナの実の豊凶説は本当か?
「クマがエサを求めて山から下りてきた」という説が報じられている。今年5月から6月にかけて、秋田県でクマに襲われたと思われる4人の遺体が発見された。クマに襲われてケガをするケースも東北地方を中心に相次いでおり、クマの好物であるブナの実の豊作・凶作と、クマの出没に因果関係があるというのだが、横田はエサ説に首をかしげて、ある映像を見せた。
「この映像は、クマが一度に3頭もやって来たやつだね」
足尾の山の岩肌。大きなツキノワグマが鹿の死骸をむさぼり食う姿だった。すると、どこからともなく2頭目、3頭目がやってきて、鹿の頭を残して食い尽くそうとしている。
干物状態となった鹿の死骸と食べるクマ (c)横田博 *無断転載禁止
「クマは新鮮なものだけを食べるわけではないんだよ」と、横田が言う。
「鹿が植樹した木の皮を剥ぐ被害が増えて、年間5,000頭の鹿を県は駆除している。以前はハンターが鹿を仕留めると、持ち帰ってジビエ用に売っていたけれど、最近では数も多いこともあって、撃ったらそのまま放置していることが多い。過去に大雪による鹿の大量死が起きた時、死骸の匂いを追って、クマが移動してきて増えたこともあったよ」
春一番の季節になると餓死する鹿がいたり、イヌワシが子鹿を襲い、崖から落ちて死んだ子鹿も、クマのエサとなる。