世界が注目する大舞台で最高のパフォーマンスを発揮するのは並大抵のことではない。「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす」と記したのは宮本武蔵だが(『五輪書』「水之巻」)、素質や才能だけにとどまらない気の遠くなるような修練の時間があったからこそ、あのような一世一代の舞台で、観る者の心を揺さぶるパフォーマンスを生み出せたのだろう。
「だから俺たちみたいな凡人とはそもそもモノが違うんだよなぁ」などとビールジョッキ片手にただ感心しているだけであれば、ここで話は終わりだ。
おそらく五輪期間中に日本中の盛り場でオヤジたちがこの手の会話を交わしていたはずで、私も飲み屋の会話は決して嫌いではないが(むしろ好きだ)、今回したいのはそういう話ではない。私はみなさんにひとつの問いかけをしてみたいのだ。
「あなたも超一流のアスリートと同じようなレベルに達することができるかもしれない」こう言ったら、果たしてあなたは信じるだろうか?
ここで、ある人物を紹介したい。その男の名は、ジョッシュ・ウェイツキン。
1976年にニューヨークに生まれたジョッシュは、6歳の冬に公園で賭けチェスに興じる大人たちを偶然見かけ、すっかりチェスというゲームに魅了されてしまう。
やがて天才チェス少年としてめきめきと頭角を現した彼は、父親が書いた本『ボビー・フィッシャーを探して』が映画化されると全米の注目を集めることになる。(ボビー・フィッシャーはIQ187の頭脳を持つ天才チェスプレイヤー。冷戦時代にソ連の選手を破り世界チャンピオンになった。その数奇な人生は『完全なるチェス 天才ボビー・フィッシャーの生涯』に詳しい)
全米ジュニアチェス選手権を制し、世界チェス選手権でもベスト4に進出するなど、華々しい戦績を誇ったジョッシュに転機が訪れたのは、18歳のときだった。『道徳経』との出会いをきっかけに、仏教や道教などの本を貪り読むようになったのだ。
そして22歳でマンハッタンのダウンタウンにある太極拳のスタジオの門を叩く。