もちろん、こうしたビジネス上の哲学は、ペイパルの起業やフェイスブックへの投資といった経験を通じて磨かれたのかもしれない。だが、これを表向きのものだとすれば、その根幹をなす“裏の哲学”ともいうべきものがある。
リバタリアン(自由主義者)であるティールは、個人的な自由と経済的な自由の双方を重視している。そして、投資先には不老不死を研究する「メトセラ財団」や海上国家「シーステディング研究所」なども。スペースXをはじめ、途方もないスケールの事業への投資が目立つために、彼は少なからず山師のように思われている。
しかし、ペイパルやフェイスブックも、前者は金融システムの自由化、後者はメディアの自由化といった面がある。同じく投資先のデータ分析企業「パランティア・テクノロジーズ」は権力から個人情報を守るために、個人情報を使わずに済むデータ分析ツールを開発している。これもデータマイニングという商機に飛びついたのではなく、個人情報という権利意識の観点から創られた会社だ。不老不死も現代の医療システム、海上国家も既存の国家体制からの独立である。ティールは自分の思想に基づく、自由な世界をつくりたいと考えているのだ。
こうしたティールの影響は確実に、シリコンバレーに広がっている。ネットスケープの共同創業者で投資家マーク・アンドリーセンも「哲学や歴史観が加わったことにより、技術の観点だけでなされていたベンチャー投資や起業の次元が上がった」と認める。
その薫陶を受けたペイパル社員が次々と起業しているのも偶然ではない。「ペイパルでの成功体験が、ドットコム・バブルの失敗で再起できない起業家との差」と、元ペイパルの副社長で、レビューサイト「イェルプ」を創業したジェレミー・ストッペルマンCEOは話す。
「シリコンバレーのバブル直後は誰もが自信を失くしていた。『インターネットはもうおしまいだ』とか言ってね。でも、ペイパルだけが違った。厳しい時期でも経営は順調で、何よりも一つの目標を達成した訳だし、次のテクノロジーについて考えてみようか、別の業界で新しいことができないか、と考える文化が社内にあった」
ドットコム・バブルでは、多くの企業が「インターネット」という時代のトレンドに流されたために消えていった。実際は、自身の信念に基づき、時代のテクノロジーを活かすことが「次に来るもの(ネクスト・ビッグ・シング)」になるのだ。
“逆張りの投資家”自身、こう言っている。
「何よりの逆張りは大勢の意見に反対するのではなく、自分の頭で考えることだ」と。