電通総研が解き明かす「絵文字の世界的ブーム」のウラ側

illustration by Kenji Oguro

オックスフォード大学出版局は、2015年の言葉として絵文字「うれし泣きの表情」を選出した。世界で絵文字の使用は前年比で、実に3倍。人類に起きているコミュニケーションの大きな変化にこそ、ヒット企画のヒントはある!

「ウオー!」「ウオー!」。これは昨年秋に公開され、100万人以上の動員を記録した映画『バクマン。』で主人公の高校生漫画家ユニットの二人が、憧れの「少年ジャンプ」に自作品の掲載が決まったことを知る瞬間、喜びを交わし合うセリフだ。このゴリラやオランウータンを彷彿とさせる雄叫びに熱くなった人も多かったのでは。

実は、太古の地球は歌声に満ちていたという説をご存じだろうか? 初期人類にとって、音楽と言葉は渾然一体のものであったという。認知考古学者のスティーヴン・ミズンによると、我々の基本的感情(怒り、喜び、嫌悪、悲しみ)は、親戚の霊長類と共通のものであり、霊長類の発声とも強く関わりがあったというのだ。

昨年11月には2010年に報告された謎多き“第3の人類”デニソワ人が、現生人類やネアンデルタール人と数万年もの間共存していたとの研究が発表された。はたして他の種同士でどうやってコミュニケーションをとっていたのか。おそらく歌ったり、さらにそれに合わせて踊ったりは、人類の祖先や親戚同士も含めた意思疎通のツールであり、原始的にヒトの心を衝き動かし、共感を生むものだろうと考えられる。

近ごろ、ヒトの感情を言葉や理屈抜きでダイレクトにコミュニケーションする傾向があるのではないか。これを「類人猿コミュニケーション」の台頭として、その動きを追ってみたい。

1年ほど前に保育園に通う娘が「ラッスンゴレライ!」と言い出したときは、何ごとかと耳目を疑った。お笑いにおけるリズムネタ、歌ネタの極北だと感動し、思わず「呪文系歌芸」と名付けたが、昨今のお笑いの消費スピードに逆らえず、実感8.6秒足らずで消えていった。

かと思うと、昨年小学校に上がった子どもがまた突然「本能寺の変!」と唱えはじめた。キレキレの踊りとともに歌うように語られる芸では、もはやその史実の意味は解体され、ただ単に面白いという領域で、うちの猫ですらその動画に注目していた。

毎年注目を集めた英語の言葉を発表するイギリスのオックスフォード大学出版局は、15年の言葉として「うれし泣きの表情」を示す絵文字を選出した。発表によると、昨年の世界での絵文字の使用頻度は、なんと前年比の3倍を超え、うち「うれし泣きの表情」は20%を占めるという。言葉の壁を超えて、人間の表情は感情を伝える。人間の顔は内臓の鏡だからだ。もはや言葉は感情表現力に劣る道具になりつつある。

世界の広告業界の頂点を競うカンヌライオンズでも、昨年グランプリを獲得したのは、ツイッターに絵文字を投稿することでピザがオーダーできるドミノピザの「Emoji Ordering」だった。

また昨年の12月1日の世界エイズデーにあわせて、大手コンドームブランドDurexが導入した「Condom Emoji(コンドーム絵文字)」の啓発キャンペーンは、ホットドッグや貝、バナナ、桃のポップな絵文字が婉曲的に安全な性行為を連想させるもの。性とい う動物共通の本能に働きかける手段が原始的な絵文字という組み合わせが秀逸である。

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ドミノピザが初めて飛躍的に売り上げを増やした「Emoji Ordering」。もはや言葉はいらない。

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文=田中宏和 イラストレーション=尾黒ケンジ

この記事は 「Forbes JAPAN No.20 2016年3月号(2016/01/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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