ビジネス

2015.12.25 09:30

真の「コミュニケーション能力」とは何か

xtock / shutterstock

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若き日に勤めていた会社で、優れた上司から、大切なことを学んだ。 それは、あるコンサルティング会社が、その上司に、仕事を求めてきたときのこと。当時、私が担当していたプロジェクトから、技術調査の仕事を出してはどうかとの上司の指示のもと、一度、その会社の部長と担当者に会って、調査能力をチェックすることになった。

数日後、先方の部長と担当者が来社し、上司と私の4人で会議室に入り、商談が始まった。

しかし、先方との会合が始まっても、私の上司は、その部長と雑談をするだけで、なかなか本題に入らない。相手の部長も、その雑談に、快く相槌を打つだけであり、若い担当者は、黙って側に控えているだけであった。

そのうち、予定していた1時間が過ぎると、上司は、その雑談だけで、本題に入っていないにもかかわらず、何と、「では、この調査プロジェクト、よろしく!」という言葉とともに、その技術調査の仕事を発注してしまった。

エレベーターホールで先方を見送り、2人で部屋に戻るとき、私は、思わず上司に、こう聞いた。
「あの会社に、例の調査を発注されましたが、あの社の調査能力は、先ほどの会合では、ほとんど分からなかったのですが…」

そのとき、この問いに対して、上司が語った言葉が、忘れられない。
「その点は大丈夫だろう。あの若い担当者、良い面構えをしていたからな」

そう言われ、その会合を振り返ると、たしかに、その担当者は、眼光の鋭さを感じさせ、静かながらも、何か存在感があった。

その上司は、その「面構え」から、発注の判断をしたのであった。 そして、実際、この担当者は、その調査プロジェクトの納期が来ると、我々の期待に違わない優れた仕事を出してきた。 この体験から、私は、大切なことを学んだ。

我々が、顧客から仕事を得るとき、買って頂くのは、実は、企画や提案などの「商品」ではない。買って頂くのは、我々自身の「人間」である。

そして、もし我々が、そのことを理解するならば、自然に、一つの問いが、心に浮かぶ。 我々は、その「真の商品」である自分自身を、素晴らしい商品として、磨き続けているだろうか?

日本企業の現場において、昔から語られてきた「仕事を通じて、己を磨け」という言葉。それは、ある意味で、成熟した知識資本主義の時代においては、「商品開発」の究極の言葉であろう。

そして、このエピソードは、もう一つ大切なことを教えてくれる。

ビジネス・プロフェッショナルとして不可欠の能力、「コミュニケーション能力」。その能力の本質は、実は、流暢な話術や巧みなレトリックなどではない。「コミュニケーション」の8割は、「ノンバーバル・コミュニケーション」。すなわち、我々のコミュニケーションの大半は、「言葉」以外を用いた「非言語的なメッセージ」を使って行われている。相手に話をする姿勢、仕草、身振り・手振り、身のこなし、沈黙、間、言葉のリズム、声の強弱、声色、そして、眼差しや面構え。

そうであるならば、我々は、時折、自身の「コミュニケーション能力」を深く省みるべきであろう。

自分の眼差しや面構えは、無言で相手に、大切な何かを伝える力を持っているか? そのことを思うとき、あの数十年前の体験と、そこで巡り会った若い担当者のことを思い出す。

彼は、あの若さにして、すでに、最も大切な「コミュニケーション能力」を身につけていた。

田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院教授。世界経済フォーラム(ダボス会議)GACメンバー。世界賢人会議Club of Budapest日本代表。

文 =田坂広志

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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

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