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2016.02.07 20:01

おにぎらずに学ぶコロンブスの卵「大前提ひっくり返し」

illustration by Kenji Oguro

illustration by Kenji Oguro

ある大胆な行為から思わぬヒットが相次いでいる。それは、モノの存在を成す「大前提」をひっくり返し、取っ払うというもの。超低速列車、回らない回転寿司、本を売らない書店などなど。前提をなくして見えてきた、意外な発見こそビジネスチャンスがあったのだ。

ご飯を握ってつくるから、おにぎり。寿司が回っているから、回転寿司。名前には、その物をその物たらしめる「大前提」が往々にして含まれています。では、その大前提をひっくり返したとき、何が生まれるでしょうか?食いしん坊の方ならおわかりですね。おにぎりは、握らないおにぎり=「おにぎらず」に。回転寿司は「回らない回転寿司」になりました。

「おにぎらず」は、広げた海苔の上にご飯と具を載せ、風呂敷で包むように四隅から海苔をたたんでつくります。握る必要がないので、手が汚れないし、熱々のご飯でも大丈夫。平らな形をしているので、ハムやチーズといった食材も具にでき、小さな子どもでもこぼさず食べやすい。握ってつくるのをやめたことでさまざまなメリットが生まれ、主婦やOLの間で大人気になりました。

「回らない回転寿司」では、客がタッチパネルで注文した寿司が、まっすぐな高速ベルトに乗って運ばれてきます。回転寿司が鈍行列車だとすると、こちらは特急。客はいつも握りたての寿司を食べられますし、店側はぐるぐる回った挙げ句、誰にも取られなかった寿司を廃棄しなくて済む。というわけで、いま大手回転寿司チェーンが続々と回らない化を進めています。

すでに世の中にある物の大前提をひっくり返すことで、それまでなかった新しいメリットをもつ新種を生み出す。この技を「大前提ひっくり返し」と名づけました(そのまんまですが)。このやり口で生まれた新種は、現在さまざまな分野で見つけることができます。事例をもう少し。

本屋は本を買う場所、という大前提をひっくり返したのが、池袋にオープンした「BOOK AND BEDTOKYO」。コンセプトは「泊まれる本屋」。本屋といってもここで本は買えません。その代わり本屋のようにたくさんの本が並ぶ空間の中で泊まることができます。これが本好きの人にはたまらない体験だそう。ベッドに横たわりながらお気に入りの本を読み、ウトウトと眠りにつく……。あの至福の瞬間のスペシャル版が味わえるとか。

新潟県の北越急行が走らせたのは、超特急ならぬ、超低速列車。通常1時間程度で走る区間をのんびり4時間かけて走行したところ、「景色がよく見える」「トンネルや橋の構造がわかる」と鉄道ファンの間で話題に。できるだけ早く目的地に到着する、という鉄道の大前提をひっくり返し、エンターテインメント要素をもった鉄道として人気となりました。

「大前提」を辞書で引くと「あるものの、成立・存在の根本となる条件」とあります。そんなものをひっくり返してしまったら滅茶苦茶になってしまいそうですが、先に挙げたものたちは新種としていいバランスを保っています。なぜでしょうか?それは、大前提とは別のところに本当の価値や魅力があったからだと思います。順に考えてみましょう。

おにぎりの場合、価値は「ぽろぽろ崩れやすいご飯をぎゅっと固めることで食べやすく運びやすくなること」にあります。その価値が担保できれば、別に握らなくてもよいわけです。近年回るレーンから寿司を取らず、注文する人が増えた回転寿司。「レーンによって運ぶ手間が省ける。客席を増やし、店舗を大型化できる」を価値ととらえると、必ずしも回る必要はなく、直線レーンでよくなります。本屋はどうでしょうか。本はいまどきインターネットでも手軽に買えますが、「本好きが幸福感に浸れる、本に囲まれた空間」は本屋にしかありません。その価値に着目し、販売の場という大前提をひっくり返すと、泊まれる本屋が生まれます。北越急行に超低速列車が誕生したきっかけは、北陸新幹線の開通でした。もはやスピード勝負ができなくなった時代。新幹線にはない、ローカル線ならではの役割は何だろうと考えたとき、地域活性にもつながる鉄道の価値にスポットを当て生まれたのが超低速列車だったのです。

物事がもつ価値は、ユーザー心理や時代の気分とともにあります。いずれの事例も、その価値を見つけた時、大前提が不要になった。そこにひっくり返すチャンスがあります。大事なのは、過去の大前提より、いまの価値。みなさんの身の回りにも、いろんな大前提があると思います。それが果たして必要なものかどうか、本当の価値は何か、を考えることが、新しいイノベーションが生まれるきっかけになるかもしれません。

最後にもうひとつ。教育とは「教え育てること」ですが、個人的に振り返ると、人から教わるだけでなく、後輩や部下など人に教えることで逆に自分が成長することも多かったように思います。そこで、教育=「教え育てる」という大前提をひっくり返すと、「教えず育てず」というやり方もあるのではないかと思いました。例えば、子どもたち自身が教師となり、下の学年の子に勉強を教えるプログラムなどです。こういった能動的教育手法はアクティブラーニングと呼ばれ、いまわが国でも導入が急がれています。そして最近「電通総研アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所」ができました、というお知らせをして終わらせていただきます。


onigirazu
24年前、漫画『クッキングパパ』に登場した「おにぎらず」が、クックパッドで人気に。

book and bed tokyo
料金は3,500円からで、利用者の6割が20~30代の女性というBOOK AND BED TOKYO。

snow
その名も「スノータートル(雪の亀)」。この超低速列車には北陸新幹線も勝てない?

中島英太=文

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