仮想現実端末で「マトリックス」の世界がすぐそこに

photographs by Gabriela Hasbun

数年前までバーチャル・リアリティ(VR)は、まだ小説や映画、アニメのなかの世界と思われていた。しかし2014年、IT大手「フェイスブック」が弱冠21歳の青年パーマー・ラッキーが起こしたVR端末の開発会社を買収。そして、大手電機メーカーも試作品を公開し、さまざまな産業がVRの製品開発に乗り出している。もう空想などではない――。「遠い未来の話」が、また一つ私たちの現実になろうとしているのだ。

オキュラスVRは今までにいくつか実験的な製品を出してきた。

2014年12月には、サムスンがオキュラスと共同開発した199ドルのVRヘッドセットを発表している(ギャラクシーのスマートフォンと組み合わせて使う)。しかしラッキーは、リフトの市販品の発売時期については口が重い。同社に近い人々は今年の後半を予想しており、期待は高まっている。ザッカーバーグは同10月、リフトが次世代のコンピュータ・プラットフォームになるためには「5,000万台から1億台という極めて大きなスケールに到達する必要がある」と語った(しかも、10年はかかるかもしれないとも考えているようだが)。

すでにいろいろな動きがある。先陣を切るのは、もちろんゲームだ。「まずはゲーマーたちが手にするだろう」と、ラッキーもそう考えている。「完全没入型の3Dワールドを作る装備が整っているのは、今のところゲーム産業だけだしね」 マイクロソフトは6月にXbox Oneとの互換デバイスを発表した。2014年3月にはソニーがプレイステーション4用のVRヘッドセット「プロジェクト モーフィアス」を開発中だと発表している。

エンタメ業界もすぐに続くだろう。昨年10月、映像作家のダンファン・デニスはリフト専用に撮影された初めての作品『ゼロ・ポイント』をリリースした。カリフォルニア州ラグナビーチのネクストVR社は、音楽バンド「コールドプレイ」のライブのバーチャル版を出したばかりだ。イオン・スポーツ社はアメフト界の伝説マイク・ディトカを起用し、トレーニング・プログラムのVR映像を作っている。

他の業界でもさまざまな展開が始まっている。フォード社のバーチャル・リアリティ・イマージョン・ラボの技術者たちは、リフトを使って新車の3Dモデルをチェックしている。マリオット・ホテルズはリフトを装着してハワイやロンドンを巡る「バーチャル旅行体験」を実験中だ。米国防高等研究計画局(DARPA)は、サイバー攻撃を防ぐためのネットワーク視覚化ツールにリフトを組み込んでいる。

ただ、リフトが標準的なハードウェアとなるには、多くの競争を勝ち抜かなければならない。ドイツのカールツァイス社は2014年、「ツァイスVRワン」を出荷し始めた。これまではグーグル・グラスを使ったARにより高い関心を向けていたグーグルも、昨夏に「グーグル・カードボード」と呼ばれる新たなVRプロジェクトを発表している。これによりユーザーは、無償で公開された設計図を元に、安価なVR機器を自分で組み立てられるようになった。さらに同社はフロリダ州のスタートアップ「マジック・リープ」に5億4,200万ドルも出資(シリーズB)している。この会社はリフトと競合する軽量のヘッドセットを独自に開発している最中だ。アップルも2014年12月、「VRシステム用の高性能のアプリを試作するための技術者」を募集している。

だがそうしたさまざまなニュースにも、ラッキーはただ肩をすくめるだけだ。「今のところリフトの右に出るものはないと思う」と、彼は言う。決して根拠のない過信ではない。「クレセント・ベイ」と銘打った試作機は、本当に別世界に足を踏みいれたようなVR体験を提供してくれる。エピック・ゲームズ社の制作したあるデモでは、武装した兵士の一団が巨大なロボットと戦う。ユーザーは混沌とした戦場を歩き、映画『マトリックス』ばりにスローモーションの弾丸をかわす。見上げれば頭上を車が吹っ飛んでいくし、回り込んで兵士の装備をチェックすることもできる。屈んで、兵士のライフルの照準をのぞき込むことも可能だ。

きっと、テレビが誕生した90年前にも、その新しいメディアを初めて見た人々はこれと同じ感覚を味わったのでないか。問題は、パーマー・ラッキーがどちらになるかだ。現代のデビッド・サーノフ(テレビを普及させ、RCAを大儲けさせた人物)か、それともフィロ・ファーンズワース(テレビの発明者でありながら、ほとんど忘れ去られた人物)か—。

ラッキーはどちらでも不満はないように見える。「『ほら、彼がこのスゴい会社をつくった神童だよ』と言われるよりも、100のVR会社が10億台のヘッドセットを売るところを見られたほうがいいね」


未来を創る「ライバルたち」

1
ソニー

長らく「プロジェクト・モーフィアス」として進めていたバーチャル・リアリティシステムの開発を、東京ゲームショウ2015で「PlayStationVR」として正式に製品化することを発表。来年上期の発売を予定している。

2
サムスン

「GalaxyS6」や「GalaxyS6edge」をはじめとした同社のスマートフォンをオキュラス製のヘッドセット「GearVR」に装着することで、VR映像を見ることができる。

3
グーグル
完成品ではなく、それを自作するための図面「カードボード」を提供している。ディスプレーには自前のスマートフォンを使用。いくつかのメーカーが、切り抜いた厚紙とレンズ、マジックテープのセットを発売している。

文=デビッド・M・イーウォルト 翻訳=町田敦夫

この記事は 「Forbes JAPAN No.17 2015年12月号(2015/10/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事