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世界38カ国、800万人が愛読する経済誌の日本版

photographs by Gabriela Hasbun

数年前までバーチャル・リアリティ(VR)は、まだ小説や映画、アニメのなかの世界と思われていた。しかし2014年、IT大手「フェイスブック」が弱冠21歳の青年パーマー・ラッキーが起こしたVR端末の開発会社を買収。そして、大手電機メーカーも試作品を公開し、さまざまな産業がVRの製品開発に乗り出している。もう空想などではない――。「遠い未来の話」が、また一つ私たちの現実になろうとしているのだ。

オペラ、ゴルフのち、VR端末開発


この新世界へと続く道は、現代の多くの成功物語と同じ場所から始まった。そう、カリフォルニア州のどこにでもあるようなガレージだ。ただしラッキーはスタンフォード大学の卒業生でもなければ、ドットコム難民でもなかった。彼は自動車セールスマンと専業主婦との間に生まれた、少しばかりこだわりの強い少年だった。ラッキー夫妻は早熟なパーマーと3人の妹を、学校ではなく家庭で教育する道を選ぶ。同時に両親は、趣味をとことん追求するよう励ました。パーマーはイタリアのオペラを学び、ゴンドラの船頭になって観光客に歌を聴かせる練習をした。別の子のクラブが顔に当たって顎の骨を折るまでは、ゴルフもやっていた。

やがて、10代のラッキーは暇さえあればビデオゲーム(「クロノ・トリガー」と「ゴールデンアイ007」)をしたり、SF映画(『マトリックス』や『バーチャル・ウォーズ』)を観たりするようになった。この2つの趣味は彼を同じ場所へと導いていく。

「VRはさまざまなSF作品に取り入れられているから、VRに興味がなくても、SFファンであるだけでずいぶんと詳しくなるんだよ」と、ラッキーは言う。

「僕の場合もそうだった。VRってかっこいいなと思いながら育ったんだ。絶対にどこかの秘密の軍事施設で開発されているにちがいないと思っていたよ」

没入型のコンピュータ・モニターという構想は1960年代からあった。初期の試作品は原始的で大がかりで値段がひどく高く、空軍のフライト・シミュレーターなどのように主として軍や政府のために製作された。80年代にパソコンブームが起こると、消費者向けの小さなヘッドセットが作られるのではないかという希望が芽生え、アートの世界でもバーチャルな世界が描かれ始める。ウィリアム・ギブソンの84年の小説『ニューロマンサー』を手始めに、ピークとなった95年には『JM』や『ストレンジ・デイズ』など10本前後の関連映画が公開された。

それでも、VR機器の開発は進まなかった。一部の計画はコストの負担が大きすぎて、初期段階で潰れた。90年代前半、玩具会社ハズブロは5,900万ドル以上の予算と3年以上の歳月を費やして「ホーム・バーチャル・リアリティ・システム」を開発したが、そこでプロジェクトを放棄した。技術的な障害にぶつかるケースも多かった。95年、任天堂は180ドルの3Dゲーム機「バーチャルボーイ」を発売したが、3Dグラフィックという謳い文句は看板倒れに終わるディスプレーは赤黒2色で解像度が低く、揺れるミラーは首の痛みやめまいや吐き気を誘発した。売れた数は80万台にも満たなかった。

しかし、ラッキーが10代半ばに達するころには、これらはすべて昔話になっていた。彼はオークションサイトやネットショップを利用し、時代遅れになったり放棄されたりしたVR機器を買い集めた。そのコレクションは次第に膨大なものになっていく。あるときには9万7,000ドルのヘッドセットを87ドルで買った。軍資金の3万ドルは自前で稼いだ。電子工学の基礎を独習し、壊れたiPhoneを買い取っては修理して転売したのである。

ラッキーは買い集めた“しかばね”から、何かしら新しいものを生み出した。「昔の機械を大幅に改造したんだ。新しいレンズを入れたり、あるシステムのレンズを別のシステムに移したりした。クソみたいなものも作ったよ」と、彼は振り返る。それでも徐々に作品は改善された。

2009年、ラッキーはカリフォルニア州立大学ロングビーチ校のジャーナリズム科に入学すると、空き時間を使って試作機第1号(PR1)の製作に取り組んだ。その傍らで彼はVRのパイオニアである、南カリフォルニア大学のマーク・ボラス教授の研究室でアルバイトをする。ボラスは、何年も前からVRヘッドセットの改良に取り組み、成果はすべて公開(オープンソース)していた。ラッキーは彼らの知識と技術を吸収し、たちまち自身の仕事に応用した。

12年4月、19歳になったパーマー・ラッキーはVR機器の試作機第6号を完成させる。彼はその機器が現実世界と仮想世界の懸け橋になるようにと願い、「リフト(断層)」と名付けた。


ザッカーバーグも信じる「VRの未来」

ラッキーの驚異的な成功は、ほんの2~3年前なら実現しなかった。というのも、リフトの成長には10年代に入ってからのスタートアップの潮流が大いに寄与しているからだ。たとえばオープンソースを活用したことで、ラッキーは一切の特許料を支払うことなく開発できた。その後はクラウドソーシングを活用。彼の6世代にわたる試作機は、ウェブ上の愛好者の助けで改良されている。ラッキーも他のユーザーが抱える技術的な問題の解決を、頻繁に手助けした。

その中にひとり、一般人ではない人物がいた。91年に「イド・ソフトウェア」を共同創業したジョン・D・カーマックだ。彼は「クエイク」や「ドゥーム」のようなゲームを制作し、生ける伝説になっていた。12年4月、カーマックはソニーのヘッドセットの改良に知恵を貸してほしいとフォーラムに投稿する。ラッキーはそのときのことをこう語る。

「僕たちは、なぜ改良が難しいのかを公開フォーラムで話し合った。その1週間後に彼から僕宛てのメッセージで、僕の試作機を買うか借りるかしたいと言ってきたんだ」ラッキーは1台のリフトを送った。2カ月後にロサンゼルスでビデオゲーム見本市「E3」が開かれると、カーマックはリフトを使って「ドゥーム3」のデモを行い、片っ端から会う人にその素晴らしさを喧伝した。噂はすぐに広まった。当時、ゲームストリーミング会社「ガイカイ」で最高製品責任者(CPO)をしていたブレンダン・アイリブがデモを見て感心し、ラッキーに投資を申し出る。12年7月、アイリブの出資した数十万ドルを元手にオキュラスVRが産声を上げた。

だが、最新の試作機を完成させるにはまだ資金が足りず、ラッキーはクラウドファンディングサイト「キックスターター」で出資を募った。

ラッキーの次の一手は、クラウドファンディングの歴史上でも屈指の成功を収めた―そして大きな論議も呼んだ―ものだった。300ドル以上を出資した人全員にリフトの試作機を与えることにしたのである。受け取った者は、それを使ってリフト用のソフトウェアの開発を始められるのだ。だが、株式は与えなかった(クラウドファンディングを介して株式を売るのは今も違法)。ラッキーは株式を希薄化させることなく資金を調達し、そのうえリフトのエコシステム(生態系)の種をまいたのだ。

キックスターターで募集が始まると、2時間も経たずに目標額の25万ドルを達成した。そして、1カ月も経たずに9,522人の出資者から240万ドルが集まった。こうした騒動がラッキーとリフトをスーパースターに変えた。世界的イベントの「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」でも「ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス」でも、人々が仮想世界を体験しようと何時間も行列した。ベンチャー投資会社も注目する。13年9月には、アンドリーセン・ホロウィッツが3億ドルという評価額を元に7,500万ドルのシリーズBの増資を主導した。

21歳の若者が作った試作機に3億ドルもの評価額をつけるのはどうかしていると、多くの人が思った。しかし1年も経たずに、それは賢い投資だったと証明された。フェイスブックのザッカーバーグが、メールでラッキーに連絡を取ったのだ。結果、新旧の神童は技術やSFの話で意気投合した。14年1月、ザッカーバーグはオキュラスのオフィスを訪ね、リフトを試した。

「ザッカーバーグと会ったのは、彼にリフトを見てほしかったからだ」と、ラッキーは言う。「彼はVRの大ファンだし、僕らと同じように、世界中の人々がVRに触れるようになるというビジョンを持っていると思う」

ザッカーバーグはラッキーとアイリブに、「僕らは次世代のコンピュータ社会に足を踏みいれたのかもしれない」と語った。それから2カ月も経たずに20億ドルの買収契約が結ばれた。4億ドルはキャッシュで前払いされ、残りはフェイスブックの株で支払われた。

フェイスブックの巨額買収が発表されると、キックスターターで出資した人の多くは腹を立てた。それでも、仮想現実は“現実のスタートアップ企業”になった。ラッキーは他の若い創業者たちとは違い、経営者にはなりたがらなかった。そこで前出のアイリブがCEOに就任した。カーマックも、最終的にはCTOとして参加している。

現在のラッキーの肩書は単なる「創業者」だ。しかし同時にVR技術の“顔”という、より大きな役割を担っていくことになる。

vr
バーチャル・リアリティはゲーム(写真)や映画などのエンターテインメントから、他分野へと広がることが期待されている。特に、精緻なシミュレーションができることから、教育や医療、製造などで活用される可能性が高い。 CHESNOT / GETTY IMAGES


文=デビッド・M・イーウォルト 翻訳=町田敦夫

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