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放送作家・脚本家、「くまモン」の生みの親。

illustration by Yusuke Saito

「400 years later」

放送作家・脚本家の小山薫堂が「有意義なお金の使い方」を妄想する連載第4回。
多くの企業家が茶道を通して、目を養い、心を養ってきたように
新しい道となる「湯道」も、心の潤いと伝統工芸の開花に貢献する予定です。

企業家のトップにはお茶をたしなむ人が多い。表千家のHPによれば、明治30年代前後から政財界の富裕層が茶の湯に興味を持ちはじめたとあり、代表的な人物として三井物産創始者の益田孝氏、鉄道王として知られる根津嘉一郎(かいちろう)氏、阪急グループ創業者小林一三(いちぞう)氏などの名が挙げられている。最近だと、サントリーHD社長新浪剛史氏は「茶道の無駄のない流れは経営にも通じる」と語り、楽天野球団の前社長兼オーナー島田亨氏も「『実るほど頭を垂れる稲穂かな』という姿勢をお茶をするたびに思い出す」と話されている。

僕が懇意にさせていただいている方で「茶人」といえば、LIXILグループ取締役会長の潮田(うしおだ)洋一郎さんだ。潮田さんは公益財団法人LIXIL住生活財団の理事長も兼任しており、2014年、僕は財団主催の「国際大学建築コンペ」に光栄にも審査員として招かれた。このコンペは世界各国の指名大学にサステナブル建築の提案を募り、最優秀案は建設まで行われる。たとえば第5回となる2015年のテーマは「厳しい寒さを楽しむ家」。極寒の北海道大樹町(たいきちょう)において、逆にその寒さを建築やライフスタイルに活かすような作品が募集され、世界11カ国12校のうちオスロ建築デザイン大学が最優秀賞を受賞した。学生の才能を引き出し、町を活性化し、建築の未来を考えるというWin-Winの関係がこのコンペから生まれるわけで、この潮田さんの長期的な試みは僕もたいへん楽しみにしている。

話を戻そう。潮田さんは裏千家の公益財団法人国際茶道文化協会の前理事で、茶の専門誌にエッセイも執筆していた。そして茶道具においては世界一のコレクターと真(まこと)しやかに囁かれている。小唄、長唄、鳴りものの類も玄人はだしというから、「現代の数寄者(すきしゃ)」といってもいいかもしれない。僕の予想では、茶道具の安易な海外流出を憂い、後世に遺すために私財を投げ打ったのではないかと踏んでいるのだが、もしそうであれば、まさに有意義な浪費というにふさわしいのではないだろうか。

湯によりて心温むる

僕自身が茶の湯の席で感じるのは、「バトンを受け取っている」という感覚だ。お茶の世界では、茶道具は「お預かりする」といういい方をする。自らが所有する「私物」ではなく、自分が生きている間は自分が預かり、次世代に伝えていく「文化財」であるという意識。ここに、単なる習い事ではない、「道」を感じるのだ。

実は僕も新しい道を開いてみようと、つい先日ひとつの企画を立ち上げた。「湯道(ゆどう)」—お湯の道である。

僕はお風呂が好きだ。毎朝1時間は必ず湯に浸かる。ある日、「お茶やお花が長い年月を経て『茶道』『華道』という文化になったのなら、お湯もいまから道をつくれば400年後に立派な文化になるのではないか」と思いついた僕は、早速BSフジ「小山薫堂東京会議」の企画として立ち上げ、京都の大徳寺真珠庵に向かった。そこで、ご自分も「マイ桶を持って近くの銭湯に行くのが好き」という山田宗正(そうしょう)第27世真珠庵住職からこんな興味深い話を聞いた。

修行僧は5日に一度しかお風呂に入れないのだそうだ。そのお風呂には、風呂で悟りを開かれた跋陀婆羅(バッタバラ)菩薩のお位牌が祀られていて、お線香をたて、参拝をしてから湯船に浸かる。しかも三黙(さんもく)道場といって、東司(とうす)(トイレ)、浴司(よくす)(風呂)、坐禅堂では喋ってはいけない。つまり禅宗の世界ではお風呂は修行の場であり、感謝を捧げる場なのである。まさに「湯の道」!

そもそも飲める水を沸かしてそこに入るということ自体がこれ以上ない贅沢だ、と住職はいう。確かにそんな国民は日本人以外にいない。であれば、その事実に毎回感謝をしなければいけないだろう。また、湯が隣の人にかからないようにするとか使った桶をきれいにするとか、他人を慮る力がなければ日本のお風呂は入れない。そういう他人への気遣い、言葉ではない心の交流は非常に尊いもので、それを説明するときの装置として湯道が機能したらいいね、という話で私たちは盛り上がった。

もうひとつ重要なポイントは湯道でも茶道のように伝統工芸を守るということだ。たとえば伝統工芸の作家さんが自らの技術を応用して、新しい道具を提案するようになったら素敵ではないだろうか。柔道に黒帯や赤帯があるように湯道も段位を色で表現し、刺し子職人が手ぬぐいに刺し子をする。桶職人は、使った桶の水切りをするときにコーンといい音が鳴る桶をつくる。その音を響かせるために、京瓦の職人が桶で叩いても割れない瓦をつくり、「響き石」と命名する。それら湯の道具から、新たな湯道の作法が生まれていくわけだ。住職は「湯道温心(ゆどうおんしん)」と書でしたためてくれた。湯の道によって心を温める、という意味である。

銭湯の廃業もストップ

日本人ほど風呂と温泉が好きな人種はいないだろう。古くは徳川家康が熱海温泉に7日間の湯治に出かけ、四代将軍家綱に至っては、真新しい檜の湯樽に熱海の温泉を汲み、「御汲湯(おくみゆ)」として男衆に江戸城まで運ばせた。かかった時間は約15時間!汲んだときの湯温は約90度と非常に高温のため、江戸城に着くころにはいい湯加減だったと伝えられている。

庶民はというと、最初は寺院の施浴(せよく)、平安時代末期には湯屋が、江戸時代には蒸し風呂式の銭湯が登場。しかし本格的な銭湯は街の中心部にしかなかったため、船内に浴槽を設け、停泊中の船や川筋に漕ぎ寄せて料金をとって入浴させた小船もあった。これが「湯船」の語源となったそうだ。

ウンチクはさておき、湯道は年に50軒のペースで廃業に追いやられる銭湯を守ることにもつながるだろう。夕方、子どもたちが学習塾に行く感覚で、銭湯で湯道を教わるというのはどうだろう。番台に座っているおじさんは湯道の師範。湯船につかる前には何をすればいいのか、どうやって人に迷惑をかけずに身体を洗うのかなどを学ぶことで、人を慮る心が身につく。あるいは日本の伝統工芸を駆使した道具の使い方を教わることで、将来は古美術の目利きとなるかもしれない。

聞いた話によると、2015年11月号ForbesJAPAN掲載の堀場製作所の社長堀場厚さんは「一流の仕事は一流の体験から生まれる」という考えから、研修所の風呂を檜づくりにしたそうだ。檜は美しいが、手入れを怠るとすぐに黒ずんでしまう。だから社員は桶や椅子を使い終わると、手ぬぐいなどで水気を拭いてから所定の場所に戻す。まさに湯道を地でゆくお考え。ぜひその知恵とお力を貸していただきたい所存です。


イラストレーション=サイトウユウスケ

 

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