ビジネス

2015.08.14

30万円の宝物 [妄想浪費 vol.1]

放送作家、脚本家としてこれまで数々の番組・映画を手がけてきた小山薫堂氏。<br />(フォーブスジャパン8月号より)



「¥300.000」

貯めるだけなら半人前、上質な浪費ができてこそ一人前―。
放送作家・脚本家の小山薫堂が「有意義なお金の使い方」を伝授する新連載。
第1回はお金の貯め方よりも使い方に興味を持った原点を探る。


 
家賃6万円、仕送り9万5,000円で暮らしていた大学時代、家賃30万円、仕送り100万円という友人がいた。ある企業の社長の息子で、ポルシェやフェラーリを乗り回し、しょっちゅう友人たちにご飯を奢ったり、ディスコにみんなを連れていって、VIPルームで30万円のドン・ペリニョン・ロゼを振る舞ったりしていた。

僕はそんな彼の無為なお金の使い方を間近で見ていて、お金を使うおもしろさとつまらなさをリアルに感じていた。つまりお金を生き金にするのも死に金にするのも、使い方次第なのだ。それで僕はある日「そんなに余っているんだったら、そのお金を使って、世の中が変わるようなニュースをつくろうよ」と彼にもちかけてみた。

そこで考えたのが、錦鯉を数十万円分購入して、神田川に流すというアイデアだ。

神田川は当時とても汚れていた。だから錦鯉を何匹も放流して、「最近、神田川に鯉が戻ってきたみたいですよ」と新聞社に伝え、それがニュースとして取り上げられれば、神田川を見にいった人々があまりの汚さに驚き、清掃運動が始まるんじゃないかと考えたのだ。

猿を購入し、流行っていたDCブランドの服を着せて青山の街に逃がすという案もあった。当時のDCブランドブームを揶揄するために、猿に着せてブランドを毀損しようという犯罪ギリギリのアイデアだ。「デモ以上、テロ以下」じゃないけれど、もし僕の大学時代にドローンがあったら、間違いなく飛ばしていたことだろう。

友人はどのアイデアも「おもしろいね、やろうよ」と言ってくれたが、結局ほとんど実行されずに終わった。でも、お金持ちの友人のために価値あるお金の使い方を考えるというのは、いまの仕事に近い気がする。宣伝費1億円を投じて、その効果が1,000万円程度に終わるか、100億円の効果を生むかは企画次第。

つまり、企画とはお金の価値を最大限に生かすこと、生きたお金に換えること、お金に命を授けることなのだ。そう考えると、つくづく「錦鯉を神田川に放して美化のきっかけを作る」というアイデアは、自分の原点のような気がする。

浪費は文化の種になる

世の中には上手にお金を貯められても、上手にお金を使える人はわりと少ない気がする。それで仕事やプライベートで企業家や投資家などお金持ちの方々と出会うと、「僕が○○さんだったら……」と有意義なお金の使い方をついつい考えてしまう。それを誌上でやってみようというのが今回の連載企画だ。

といっても、ビジネスには特化せずに、あくまでも「浪費」にこだわりたい。いわば「個人CSR」みたいな、個人が地球あるいは文化のために何ができるか、そのアイデアを考えてみようと思う。だからタイトルは「妄想浪費」とした。

浪費の「浪」は「波」という意味がある。浪人とか流浪とかいう言葉からも推察されるように、波のように移ろい定まらないという意味だ。ということは、浪費は波を起こすための費用ではないだろうか。1950年代末に始まった映画運動「ヌーヴェルヴァーグ(新しい波)」なんてまさに新しい文化の発祥を波に喩えているわけだし、古くは銀行家だったメディチ家がその財産で多数の芸術家をパトロンとして支援したおかげでルネサンス文化が花開いたわけで、「浪費が文化の種になる」といっても過言ではないと僕は思う。

たとえばソニーブランドの礎を築き、最後は名誉会長に就任した大賀典雄さんは、16億円もの退職金を軽井沢初のコンサートホール建設のために寄贈した。軽井沢大賀ホールと名付けられたそのホールで、いま軽井沢の人々は身近に音楽に触れられるのだ。しかも大賀さんは東京芸大音楽学部を卒業された声楽家・指揮者でもあり、趣味も兼ねていたところに粋な遊び心がある。

当時、大賀さんは奥さんにこう言われたそうだ。「青春の大切な時間を軽井沢にお世話になったのだから、コンサートホールを建てるお金を寄付しましょう」と。そういう自分の生きた時代に対する恩返しをすること、何かひとつ後世に残すことは、真に有意義なお金の使い方だろう。

日本に資産100億円以上持っている人が何人いるかわからないけれど、自分の人生に対する恩を返す意味で何かひとつ浪費をすれば、日本はもっと豊かな国になるのでは……。そんな夢想がずっとやまない。

天使のススメ

さて、僕自身の浪費でいうと、小樽で出合った30万円のスイス製「シンギングバード」というオルゴールは大きかった。上部に楕円の金細工がほどこされた美しい箱で、側面の小さなポッチを押すと、小さな鳥がパカッと出てきて、本物そっくりの軽やかな声でさえずる。これを見たとき、自分が何かを作るためのお手本がつまっている気がした。すごく小さいけれど、上質感があり、卓越した技術と智慧がつまっていて、見た人が幸せな気持ちになる。

それで相当迷ったけれども、購入した。いまでも僕の心のお守りだ。一度これでドラマのプレゼンをしたこともある(もちろんみんなほっこりと幸せな気分になった)。成功した浪費には、このように幸福の残り香が漂うものだ。

大きなビジネスでも、このほっこりとした幸せを目指すといいかもしれない。僕自身の最近の企画にはこういうのがある。飲食店情報サイト「ぐるなび」が毎年「ぐるなびシェフコンテスト」を行っていたのだが、毎年1億円以上も投じながらあまり目立った効果がないということで、滝久雄会長から「1億円預けるから何かおもしろいことをしてくれないか」と依頼された。

それで、新世代の若き才能を発掘する日本最大級の料理コンペティション「REDU-35」という企画を2013年にスタートさせた。若い料理人が自身の情熱に光を当てられてチャンスを掴み、その後活躍していると聞くと、本当に心温まるものがある。

僕はまず、滝会長や審査員の先生方にこう宣言した。「皆さんは料理人にとって天使なんです」と。人はきっと誰かの天使になれる。特に、お金を持っている人は、誰かの天使になれる。お金を使うことによって、誰かの人生を変えたり、誰かを幸せにしたりできる。

しかも、天使というのは誰かに感謝されるわけではなく、上から様子を見てフフフと微笑むだけ。見返りは期待しない。そんなクールで優雅な天使に、あなたもなれるのです。上質な浪費する勇気さえあれば!

イラストレーション=サイトウユウスケ

この記事は 「Forbes JAPAN No.13 2015年8月号(2015/06/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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小山薫堂の妄想浪費

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