世界経済フォーラム(WEF)は、機密の文書やデータへのアクセスの有無が分かりにくい産業スパイをはじめとして、大部分のサイバー犯罪が検知されていないと指摘している。
さらに、非公開企業や非規制対象企業の間には、サイバー事件が自社の評判を落とすことを恐れ、ハッキングや侵入行為について報告しない例もある。サイバー事件による悪評は、売り上げのほか資本調達の際の企業価値、顧客の獲得や維持、優秀な人材の獲得に向けた能力に悪影響を及ぼしかねない。
IBMのジニー・ロメッティ会長・社長兼最高経営責任者(CEO)は今年初め、ニューヨークで開催されたIBM Security Summitで、全24業界123社の最高情報セキュリティー責任者(CISO)、最高情報責任者(CIO)、CEOらを前に講演し、次のように述べている。「データはこの世界の新たな天然資源だ。競争優位性の新たな基礎であると同時にすべての職業と産業を変革しつつある。これらのことが真実で避けられないことならば、サイバー犯罪はその名の通り世界中全ての職業、産業、企業にとって最大の脅威である」
IBMはサイバー犯罪の流行に対応して、大規模なセキュリティービジネスを立ち上げている。ロメッティ氏は、IBMが専門家6,000人の知識を集結させたセキュリティービジネス部門を創設したことを明らかにしている。
米調査会社ガートナーによると、IBM Securityは成長率17%と、セキュリティー市場で最も急速な成長を遂げているベンダーだ。同社の売上高約15億ドルは、セキュリティーソフトウエアのベンダーとして第3位の規模となっている。ガートナーはIBMを大企業向けに特化したセキュリティーソフトウエアのベンダーとしては最大手と位置付けている。
ロメッティ氏はIBM Security Summitにおける講演で、最高技術責任者(CTO)と間違えられかねないほどセキュリティーに力点を置いていた。彼女はIBM の新しいセキュリティー技術について、「われわれは当社の脅威インテリジェンス・ネットワーク『X-Force Exchange』に16業界から1,000団体以上が参加したことを発表した。X-Force Exchangeは1カ月前に始動したばかりだが、その急成長は膨大な需要があることを示している。また、われわれはサイバー犯罪と戦う上で強力な武器となる700テラバイトの脅威データベースを導入している。データベースには、悪意のあるサイバー攻撃に関してIBMのセキュリティー部門が過去20年間にわたって収集してきたデータ、4,000団体以上が収集した匿名の脅威データが含まれており、先月は新たなデータ300件の収集に役立っている」
セキュリティー事業は上向きだが、IBMは全社的にみると不振が続いている。同社は時代遅れとなったハードウエア事業を縮小し、クラウドベースのソフトウエア、サービス事業を拡大するため努力しているものの、14四半期連続での減収に苦しんでいる。現時点でセキュリティー事業がIBMの売上高に占める割合はわずか2%程度に過ぎない。
全世界のサイバーセキュリティー産業の市場規模は2015年時点で770億ドル規模。2020年までに1,700億ドル規模に拡大するとみられている。100万ドル超の取引(ベンダー〜エンドユーザー間)も増加傾向にあり、米金融サービス会社FBR&カンパニーの調査によると、サイバーセキュリティーに関する100万ドル規模の取引件数は、年率40%程度で増加しているという。
「ビッグブルー」の愛称で知られるIBMにとって、2016年はサイバー分野に倍賭けして、全力でセキュリティー事業を支援するのが賢明だろう。この分野が、同社の進める次世代テクノロジーへの再集中において最も注力すべき「スイートスポット」であることが証明されるかもしれない。