考えだしたら止まらない彼女たちは、ひた走りながら、味方を見つける。仲間に引き込む。この巻き込み力が起こす高次元の化学反応を私たちは、「おせっかい4.0」と名づけようと思う。
「FOVE」とは、目の動きでコンピュータUIを操作する、視線追跡型ヘッドマウントディスプレイ。その試作品をつくっていた時のこと。
代表の小島由香(28)は、ある大手電気メーカーが研究開発中の部品を手に入れるべく、一通のメールを送っていた。ツテがないから、果敢にも公式ウェブサイトの「お問い合わせフォーム」から。
「門前払いだろうな」と思っていたのに、意外にもすぐに返事が来た。しかも、早い段階で“ 偉い人たち”からも―。
「日本の黄金期を支えたシニア世代の方々が、話を聞いてくれたうえに提案までしてくれた。日本のハードウェアが低調気味だから、若者が来てうれしかったのかもしれませんね」
大企業とスタートアップの距離が近いことに驚いた、と小島は振り返る。こんなこともあった。
知人の大学教授が「アイトラッキング(視線追跡)は、自閉症患者の訓練ツールとして役立つ」と提案してくれた。他人と目を合わすことが苦手な人々が、バーチャルの世界のキャラクターとアイコンタクトを取る練習ができれば。投資家には「ゲームだけでなく、福祉領域でも利用できる」とプレゼン。投資も決まった。
「モノがあるので、何も言わなくても興味を持ってもらえる。それがハードウェアの良いところ」
自分がスタートアップを起こすなんて考えたこともなかったけれど、と小島は笑う。
開発は日本、ビジネスはベイエリアへ!
FOVEのアイデアは、10代の頃の小島がゲーム好きの自称“腐女子”だったことに端を発する。
映画や小説で泣いたことはあっても、ゲームで泣いたことがある人ってあまりいない。それってなんでだろう―。ずっと、そんなことを考えていた。映画や小説では、濃密な人間関係が描かれる。でも、ゲームの世界での人間関係は「イエス」「ノー」の二者択一。ユーザーは自分で物語を創り出せるのに、キャラクターと目を合わすこともでき
ない。
大学卒業後、ソニー・コンピュータエンタテイメントでプロデューサーとして働き、非言語コミュニケーションをゲームに取り入れよう、と企画を進めるも、訳あって頓挫。悔しくて、悔しくて、悶々としていたとき、思いがけないところから救世主が現れる。学生時代のオーストラリア留学中に知り合った、ロックラン・ウィルソン。管を巻く小島に、数学者である彼は飄ひょう々ひょうと言ってのけた。
「それ、できるよ」
「できる」の言葉に、小島は食らい付く。
エンジニアであるウィルソンが味方に付いたことで、起業の二文字が見えた。小島が一人、投資家のもとをまわり、ある程度資金が集まったところで、彼を日本に呼び寄せた。
「ハードウェアをつくるなら、日本にベースを置いたほうがいい。でも、早い段階でサンフランシスコにも拠点を持ったほうがいい」と小島は言う。
先端技術が集まる日本なら、部品を集めやすい。「でも、サンフランシスコほどスタートアップのトップが集結している町もないから」。
成功者が集まる地では、“常識のハードル”が驚くほど低い。FOVEは、ドライビングシミュレーションにも使えるのではないか。事故が起きたときに、視線がどこに向いていたかを分析できれば、急ブレーキの位置を決めることもできる。“バーチャル手術”にだって使える̶。彼らの口からは、そんなアイデアが次から次へと飛び出してくる。
小島が大切にするのは、とにかく彼らのもとに足を運ぶこと。メールもスカイプもある時代だけれど、成功している人ほど「実際に会う」ことを重視しているように感じる。
ゲーマー女子の個人的欲求が、多くの人を巻き込み、化学反応を起こし始めた。