重層的な物語世界を形成
ポン・ジュノ監督の作品は、いつも観る者をとんでもないところまで連れて行ってくれる。予想外の展開には必ず圧倒される。
そして、それがただのサプライズではなく、人間心理の深層を鋭く突いた真実が潜んでいたり、かつ社会に対する辛辣なメッセージをも含んでいたりする。まさに重層的な物語世界を形成しており、「ミッキー17」もひと言では言い表せないような密度の濃い作品となっている。
「宣伝の惹句には「使い捨てワーカー“ミッキー”による権力者たちへの逆襲エンターテイメント」とあるが、確かにミッキーが支配者であるマーシャルとその妻であるイルファ(トニー・コレット)へ反旗を翻す展開には胸のすく思いがする。ポン・ジュノ監督も次のように語る。
「これは若者、労働者階級の物語です。何の取り柄のない普通の人間が、意図せずしてヒーローになってしまう話です。そして、そのヒーローのなり方がとてもユニークなのです。『いまの時代の観客が求めるのは、こういう物語ではないのか』と思いました」
実は「ミッキー17」では主人公の恋愛模様も描かれている。宇宙船のなかでは上位に位置するナーシャ(ナオミ・アッキー)が、「使い捨て」の労働者であるミッキーと心身ともに交流を重ねていく。物語のなかでも重要な役割を担うナーシャをミッキーの伴走者として配することで、見事なクライマックスへと繋げている。

前述の「パラサイト 半地下の家族」や「スノーピアサー」(2013年)、「オクジャ/okja」(2017年)などで、これまでポン・ジュノ監督は観る者を予想外の世界に連れ出してくれる作品を数多く手掛けてきた。
今回のこの「ミッキー17」はそれらの集大成だと言ってもいいかもしれない。作中にはさまざまな物語が詰まっており、そこでは人間のリアルな諸相が描かれ、格差社会に対する鋭い風刺も含まれている。
いずれにしても「ミッキー17」にはシンプルな言葉では言い表せない刺激に満ちた作品世界が広がっている。しかもポン・ジュノ監督は、この作品でも、本来の彼が心がける観る人間を楽しませるという姿勢を貫いている。監督はこうメッセージもする。
「この映画を純粋に楽しんで欲しいと思っています。そして、映画を観終わった後に、『人間とは何か』『人間らしく生きるためには何が必要か』について、ほんの少しでも考えてもらえたら嬉しいですね。3分くらいでいいので(笑い)」

作品の終盤にはあっと驚くスペクタクルな場面も登場する。ぜひ、映画館の大画面で、ポン・ジュノ監督が案内する「束の間の旅」を楽しむことをおすすめしたい。