映画は束の間の旅だ。優れた作品は、いつもながらの日常から想像を超える異世界へと誘(いざな)ってくれる。
映画館という閉じられた空間であれば尚更だ。スクリーン上の物語に集中することで、登場人物に成り切ることだってある。スマホなどでは体験できない上質の楽しみがそこにはある。
ポン・ジュノ監督の作品は、いつもそんな極上のカタルシスを味わわせてくれる。例えば、仄暗い窮屈な空間からさらにディープな世界へと。例えば、ディストピアの未来で繰り広げられる希望への闘いへと。意表を突く物語は、観る者を楽しませてくれると同時に、切実なメッセージをも訴えかけてくる。
最新作である「ミッキー17」もそんな期待を裏切ることのない作品だ。「パラサイト 半地下の家族」(2019年)で、非英語の作品としては初めてアカデミー賞作品賞(監督賞と脚本賞も)に輝いた監督が、受賞後初めて、満を持して発表したのが何度も生まれ変われる「複製人間」を主人公としたこの作品だ。
原作はアメリカの小説家エドワード・アシュトンが2022年2月に発表した「ミッキー7(Mickey7)」。宇宙空間での危険なミッションが与えられた「エクスペンダブル(使い捨て人間)」の奮闘を描いたエンタテインメント小説で、ポン・ジュノ監督は、この小説のなかの「人体複製」という設定に引き込まれ、映画化を考えたという。
「人体複製」とは、記憶や肉体のデータを保存しておいて、ある人間が死を迎えると、そっくりそのまま「複製(プリンティング)」するというもの。ポン・ジュノ監督は、この設定そのものに悲劇性を感じ、さらに主人公に負け犬感を加味することで、オリジナルな展開を紡ぎ出している。
原作の「ミッキー7」とは、複製で生まれた7番目のミッキーを指す。映画では、脚本も執筆したポン・ジュノ監督によってさらに物語がブロウアップされており、主人公は「ミッキー17」と命名され、17番目のミッキーとして登場する。