サイエンス

2025.02.13 18:00

1902年、火山噴火で絶滅した島でただ1人生き延びた男の数奇な物語

NatalyFox / Shutterstock

超高温の気体と灰が、ドアに設けられた換気用の小さな格子窓から流れ込んだ。彼は本能的に、シャツに放尿して格子窓に詰め、灼熱の灰と空気の侵入を防いだ。その努力も虚しく、猛烈な熱が彼の脚、背中、手を焼いた。しかし独房は、厚い石壁と地下という立地のおかげで、噴火の最大の猛威から彼を守った。

シルバリスは3日間、ほぼ完全な暗闇のなか、独房に滴る雨水だけを口にして生き延びた。助けを求める彼の叫びを聞く者はいなかった。周辺住民は一人残らず死に絶えていたからだ。

マルティニーク島とプレー山 Damien VERRIER / Shutterstock

マルティニーク島とプレー山(Damien VERRIER / Shutterstock.com)

5月11日になってようやく、廃墟の捜索にあたっていた救助隊が、彼の声に気づいた。

救助隊は、生存者がいたことに驚愕しつつ、彼を地下から救い出し、すぐさま医療機関に運んだ。全身にやけどを負いつつ生還したルドガー・シルバリスは、歴史上最も多くの死者を出した火山災害の1つを生き抜いたのだ。

シルバリスの奇跡は、そうそう真似できることではない

シルバリスの生還がどれだけ奇跡的だったかを理解するには、火砕サージの致死的特性と向き合わなければならない。火砕サージは、地球上で屈指の破壊的作用であり、都市を丸ごと消し去る威力をもつ。

人体の生理的特徴は、このような極限状況に耐えられるようにはできていない。

人間は、43度以上の熱刺激には痛みを感じ、71度を超えると重度のやけどを負う。120度を超える温度に曝露されると、人体組織は瞬間燃焼する。

サンピエールを襲った火砕サージは、これらをはるかに超える温度だっただけでなく、二酸化炭素や二酸化硫黄といった窒息作用をもつ火山ガスを含んでいた。一息吸っただけで、肺組織を破壊しただろう。

シルバリスが生還したのは、数々の要因が重なった、ごくまれな偶然の賜物だ。

独房の石壁が、熱の大部分を吸収した。また、独房の扉が火山とは反対向きだったおかげで、熱風への直接の曝露が少なくて済んだ。さらに、換気用の格子窓を塞ぐという瞬時の判断により、彼は致死量のガスの吸入を避けられたと考えられる。

重度のやけどを負いつつも、彼の深部体温はおそらく生存限界の範囲にとどまった。幸運と、極限下での創意工夫が功を奏したのだ。

彼の生還はあくまで例外だ。刑務所の外にいた3万人は一瞬にして死亡し、パニックや祈りの姿勢のまま固まった遺体となった。沖合に停泊していた船さえも灼熱の雲に飲み込まれ、海に飛び込んだ船員たちの多くも、熱傷や溺死によって命を落とした

苦難を耐え抜いたシルバリスは恩赦を受け、「終末を生き抜いた男」として歴史に名を刻んだ。

彼は、米国のサーカス団「バーナム&ベイリー・サーカス」とともに巡業し、独房のレプリカを見せつつ壮絶な体験を語って、世界の聴衆を魅了した。だが、プレー山の悲劇はいまも、制御不能の自然の力の恐ろしさを生々しく思い出させる。シルバリスは生きて体験を語り継いだが、彼の身体に刻まれた消えない傷跡は、彼の命を奪いかけた火山の猛威をまざまざと示していた。

forbes.com 原文

翻訳=的場知之/ガリレオ

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事