しかし、この戦争で犠牲になったのは人間だけではない。
第二次世界大戦という人間たちの争いでは、無数の動物たちも命を落とした。そのなかで注目すべき話がある。全長約5.7mという、桁外れに巨大なキングコブラが犠牲になったことだ。
このコブラは、ジャングルの奥地から這い出し、死地に導かれた
キングコブラ(学名:Ophiophagus hannah)は、恐ろしいと同時に魅力的な動物だ。世界最長の毒ヘビとして知られるこの種は、東南アジアの密林に棲み、驚くほど敏捷な動きで、密生した下生えをすり抜け、木に登る。キングコブラの毒は、ゾウをも殺すほど強力だ。複数の神経毒で構成されており、筋肉を麻痺させ、ほんの数時間のうちに生命維持機能を停止させる。しかし、このコブラの個体は、同種のなかでも並外れていた。
1937年にマレーシアのポートディクソン近郊で捕獲されたこのヘビは、1939年に殺処分されるまで、毒ヘビの世界最長記録を誇った。キングコブラの成体の平均全長は3.7~4mだが、この個体は、殺処分された時点で約5.7mにまで成長していた。
この個体は、2年間にわたってロンドン動物園で飼育された。その巨大さと、フード(頸部)を広げた恐ろしげな姿は、好奇心旺盛な来園者たちの間で、またたく間にセンセーションを引き起こした。
しかし、1939年9月にヨーロッパが戦争に突入したことで、コブラの運命は暗転した。紛争の激化は、ロンドン動物園のような動物飼育施設にも影を落とした。飼育動物と周辺住民の両方の安全を守るという、かつてない課題に直面したのだ。
戦争の犠牲になった毒ヘビ
戦争が近づくなか、ロンドン動物園は不測の事態への準備を始めた。懸念はもっともなものだった。空襲のなかでもしも動物園が爆撃を受ければ、危険な動物が市内に逃亡するおそれがあり、ただでさえ窮地にある人々がさらなる脅威にさらされる。政府は公共施設の閉鎖を命じ、動物園は貴重な飼育動物の一部を、比較的安全な土地へと急ピッチで移送した。
ジャイアントパンダやアジアゾウ、オランウータンなどの動物は、郊外にあるホイップスネイド動物園に移された。しかし、危険動物の扱いに関して、動物園は厳しいジレンマを突きつけられた。
空襲によって飼育施設が破壊されれば、危険な動物たちがロンドンの中心街に解き放たれるおそれがある。リスクを抑制するため、動物園の管理部門は苦渋の決断を下した。記録保持者のキングコブラを含め、すべての毒ヘビの殺処分を決めたのだ。