10ドルのワクチンが問う投資の価値
クライザーはフライタークの研究を大学からスピンアウトさせ、女王バチの餌となるローヤルゼリーを分泌するミツバチの餌に混ぜるワクチンを作った。ミツバチが取り込んだワクチンの成分は女王バチが食べるローヤルゼリーに移行する。その結果、女王バチが産んだ幼虫は羽化するときすでにこの病気に対する抵抗力を持っていることになる。養蜂家たちはこのワクチンに注目している。「これは本当に斬新です。だからこそ多くの関心と興奮を呼んだのだと思います」と、テキサス州レナードの商業養蜂家で、ワクチンを試しているブレイク・シュックは話した。各国政府も関心を持っている。 クライザーによると、アジア、南アメリカ、欧州の6カ国との間でワクチン売買の話が進んでいるという(クライザーは国名を明かさなかった)。
ダラン社はこれまでにアットワン・ベンチャーズとプライム・ムーバーズ・ラボから1400万ドル(約22億円)の資金を調達している。同社は売上高が100万ドル(約1億5000万円)を下回るアーリーステージのスタートアップだが、来年には政府や商業養蜂家と大型の契約を結ぶことができるとクライザーは楽観視している。
だが、大きなハードルがある。養蜂家たちに、ワクチンには1本10ドル(約1500円)というコストに見合う価値があると納得させることだ。「誰もが興味を持っています。しかしワクチンは高価で、養蜂は決して利益率の高いビジネスではないことが問題です」とシュックは指摘する。
女王バチを年間7万5000匹販売する会社を経営するラッセル・ハイトカムによると、顧客はワクチン接種の経済性と価値を積極的に理解しようとしているという。3万の巣箱を持つ商業養蜂家の場合、女王バチ1匹あたり10ドルのワクチン接種にかかる費用はおよそ30万ドル(約4700万円)になる。
ダラン社のワクチン試験に協力しているハイトカムは、ワクチンによって各コロニーで健康なハチの数が増え、ハチミツ生産と受粉が増えるのが証明されることを望んでいる。ダラン社は、ワクチン接種にかかるコストは、死滅するハチが減り、健康なハチが生き残ることで相殺されると主張する。しかしハイトカムや他の養蜂家たちは、ワクチンがアメリカふそ病以外にも効果を発揮することを望んでいる。ただアメリカふそ病は、商業養蜂家が各コロニーで同じ道具の使用を避け、道具を丹念に掃除するなどして予防できることもある。
「人々は私に電話をかけてきて、女王バチを買いたいが、ワクチンを接種する必要があるかと尋ねます」とハイトカムは言う。「平均的な女王バチの価格は28ドル(約4400円)で、そこに10ドル上乗せしようとしているわけで、その10ドルを収益化しなければなりません」。
だがハイトカムは「もしワクチンのおかげで受粉シーズンに巣枠を1つ増やすことができれば、それだけで元が取れるのです」と指摘する。巣枠とは巣箱の可動部分のことで、通常2000~2500匹のミツバチを飼育できる。
商業養蜂家でアメリカ蜂蜜生産者協会の会長でもあるクリス・ハイアットは「養蜂においては、口コミが重要です。もし誰かがワクチン接種した女王バチのおかげで冬の損失を半分に減らすことができれば、ワクチンは瞬く間に広がるでしょう」と話す。
このワクチンは1つの病気をターゲットにしているが、ダラン社の研究者たちは現在、他の病気、特に奇形羽ウイルスによる極めて有害な病気からハチを守ることができるかどうかを研究している。これまでのところ、400の商業用巣箱を使った実験では、伝染性の高いこのウイルスによる発症が83%減少したことが示されている。「65〜70%以上であれば効果的な治療とみなされ、それを大きく上回っています」とアットワン・ベンチャーズのチーは指摘した。