2. 『メメント』(2000年)
『メメント』(2000年)は、数多くの傑作を生み出してきたクリストファー・ノーラン監督の作品だ。妻が殺された真相を暴こうと、執拗に追求を続ける男、レナード・シェルビーを主人公に、緊迫したストーリーが展開される。しかし、シェルビーには、新たな物事を覚えていられないという深刻な記憶障害があり、これによって、真犯人の追及はさらに困難なものとなる。短期記憶を失っているシェルビーは、重要な情報を保持しておくために、メモや写真、さらには、自らの体に刻んだタトゥーまで、自身が目にしたありとあらゆる手がかりに頼らざるを得ない。これらの記録手段は、すべての新たに得た情報があっという間に忘却の彼方に消えてしまう状況で、真相究明に奔走するシェルビーにとって、唯一の命綱となっている。
作品を通じて、シェルビーは何度も、新たな記憶を形成できないという自身の特質は、短期記憶を失っているためだと説明している。「記憶喪失に苦しんでいるのか?」と尋ねられた場面では、「それとは違う」と、相手の推察を否定している。さらに彼は、自身の症状について、以下のように詳しく解説している。
「俺には短期記憶がない。自分が誰かはわかっているし、自分に関することもすべて覚えている。だが、怪我をして以来、新しいことを記憶できなくなった。すべては忘却の彼方だ。長い時間話していると、会話の発端が何だったのかも忘れてしまう。君と以前会ったことがあるかもわからないし、次に君に会っても、俺はこの会話を覚えていないだろう」
「記憶障害」のキャラクターが出てくる映画は『メメント』だけではない。例えば『ファインディング・ニモ』(2003年)や、『50回目のファースト・キス』(2004年)といった映画があり、これらのせいで多くの人が、実際の短期記憶障害の症状も、こうした作品に出てくるようなものだと信じ込んでいる。
公平を期すために言えば、これは、直感的に飛びつきがちな推測ではある。新たな記憶を形成できないのなら、その人物の短期記憶も損なわれると考えるのが、理にかなっているように思われるからだ。だが、こうした描き方は、誤解を招く可能性が非常に高い。実際には、『メメント』でシェルビーが悩まされている、新しい情報をまったく保持できない症状は、前向性健忘と呼ばれるもので、短期記憶障害ではない。
Clinical Handbook of Neurologyに掲載された研究論文によると、前向性健忘は、「新たな記憶形成能力の大幅な減退」を特徴とする、と定義されている。これはまさに、『メメント』でシェルビーが陥った状況だ。一方、短期記憶障害は、提示されてからほとんど時間が経っていない情報を保持できない症状だ(Psychonomic Bulletin and Reviewに掲載された論文の説明による)。
つまりは、こういうことだ。もしあなたが会った相手が短期記憶障害に陥っている場合、その人は、自分が話している文章の始まりや、あなたからたった今言われたことを思い出すのには苦労するが、あなたと会ったこと自体は覚えている可能性が高い。
対照的に、シェルビーのように前向性健忘の症状がある人の場合は、自分が話したことやあなたに言われたことはおろか、あなたと会ったという事実を覚えていること自体が不可能になっているはずだ。この違いは、基本的かつ決定的なものだが、『メメント』のような映画の記憶障害の描写のせいで、しばしば混同されているのが現状だ。
(forbes.com 原文)