3年間を過ごしたが、厨房職に空きが出なかったことから「イタリアに行って料理を勉強します」と退職。とはいえ、先立つものがない。料理でお金をしっかり稼げるところ、と考え、400席を誇る恵比寿の大箱「ゼスト」に厨房アルバイトとして入った。
ランチの11時30分から朝5時まで満席が続く。「勢いのある時代」に飲み込まれるように、がむしゃらに働いた。目指しているスタイルとは異なっていたものの「やるからには、何でも120%で」と、系列店舗でNo.1のパフォーマンスを上げて会社から表彰されたこともある。
食と農、アメリカでの衝撃
その後、カフェのシェフとして声がかかり、しばらく働いていた頃に「ゼスト」の店長だった石田が「サイタブリア」として独立。チームに加わらないかと声をかけられ、オープニングスタッフとなり、新店のインスピレーションを得ようと皆で旅したアメリカで、その後の運命を決める出会いをした。名店を食べ歩くなかどうしても予定が埋まらない日があり、「手持ちの旅行本で見つけて、軽い気持ちで行った」という、アリス・ウォータース率いる「シェ・パニース」だ。アラカルトで頼んだシンプルな料理が「衝撃的と言えるほど美味しかった。これが自分たちのやりたい料理だ」、と石田と顔を見合わせた。
帰りの書店で、出費に迷いながらも本を購入。読んでみると、背景には農とつながる食がある、と気づいた。それは最初の師である日高シェフのスタイルとも重なった。
2001年、現在「レフェルヴェソンス」がある場所に、前身の「サイタブリア」オープン。スーシェフとして働き、店が軌道に乗った頃、ニューヨークでの研修の機会を得る。毎食注目のレストランを訪れ、腹ごなしに歩いていると、一軒の書店を見つける。そこで新刊本として大きく取り上げられていたのが、ミシェル・ブラスの本『エッセンシャル・キュイジーヌ』(2002年刊行)だった。