ヘルスケア

2024.08.23 16:50

作家・池井戸潤も注目して小説化!「心血管パッチ」が世界の子どもを救う

無菌で浮遊塵の管理ができる環境の製造ラインの新設、品質マネジメントの専門職を開発チームに加えるなど登頂への装備を一歩ずつ整えていった。

根本から示されたコーティングの要件定義は「裁断・縫合しやすい」「破れない」「切りクズが出ない」「血圧で漏血しない」など手術時の条件に加え、手術の直後には「伸張しない」という条件が成長とともにキャンセルされ「臓器に合わせ伸張する」「自分の組織に置き換わる」という難易度が時間経過とともに高くなるハードルだった。「これらの要件をすべて満たす試作品ができる素材が存在するのだろうか」。十川には「未知の素材探し」という先の見えない不安なスタートになった。

その後、ゼラチンを軸にした素材の選定に1年、最適な配合を突き止めるのに2年の歳月を要した。最初の試作品を根本に示し「これは下敷きですか?」と揶揄されたのは今となっては懐かしい思い出だ。グリセリンで柔軟性を高めた160点目の試作で、ようやくラットや犬による動物実験、さらに人に埋め込む治験に進む。新型コロナ禍で手術が全国で停滞するなか、10年がかりの開発になった。

厚労省の薬事承認を経て、国内での使用は始まり、海外展開に動き出した。3年前、帝人に転職して新設の再生医療・埋込医療機器部門長に就いた中野貴之は「日本から『いい製品をもってきました』では売れません」と海外事業展開の実績を背景に自らを戒める。世界のマーケットをどう攻略するか。中野は米国などで開催された学会に医師の根本と同行し、ほかのスタッフも同様に欧米の展示会に出向いて販売ルートの開拓に着手し、米国規制当局との協議も開始している。

繊維産業が斜陽になるなか、福井経編にとっては日本のものづくりのプライドをかけた戦いでもある。「メディカル分野に進出して10年余り。やっと出た芽を世界に広げていきたい」と髙木は言う。これから世界で待つ千万人超に笑顔を届ける新たなページをこれから、めくるところだ。




髙木義秀◎福井経編興業代表取締役社長。同社はメリヤス製造会社として1944年に設立し、戦後から主にファッション衣料の生地を手がけてき た。髙木は1976年に入社し、常務、専務を経て2018年から現職。

中野貴之◎帝人ミッション・エグゼクティブ再生医療・埋込医療機器部門長。医学博士/経営管理修士。大手製薬会社で国際的な医薬品開発などを担当し、2021年に帝人入社。再生医療事業を立ち上げ現職。

根本慎太郎◎大阪医科薬科大学 医学部 外科学講座胸部外科学教室 教授。同病院小児心臓血管外科診療科長。1989年、新潟大学卒業。国内外で実験研究と小児心臓手術に従事し、2014年より現職。

文=秦融 写真=小田駿一

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年10月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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