創業 80 年の経編技術×大手の開発力
今年創業80年の同社は10万点に上る生地サンプルがある。人工血管も職人技の積み重ねによる成功。経編のノウハウで は世界のどこにも負けない自信があった。13年8月、最初の開発会議が開かれた。「縦も横も2倍伸びる生地を」。業界の常識ではありえないリクエスト。「うちの技術のプライドをかけてくれ」。困惑する社員に髙木はハッパをかけた。根本に心臓手術のビデオを見せられ、一つひとつ説明を受ける社員たちも奮い立ち、中小企業の生き残りと誇りをかけた開発が始まった。技術陣が考え出したのは、体内で溶ける糸と残る糸のハイブリッドで編み込む「オパール加工」という特殊技術の応用。1年がかりで試作品を完成させた。
髙木は当初から大手メーカーの参画は必須だと考えていた。「完成すれば世界の市場に出す製品。海外にネットワークをもつ大手と組むのは当然のこと」。完成した福井経編製のニット生地から血が漏れないようにするコーティングを施すのは、治験にも対応できる開発体制をもつ医療機器メーカーが必須と根本は考えていた。しかし、働きかけた国内大手メーカーのすべてから断られ、途方に暮れた。
そこで髙木は長年信頼関係を築いてきた取引先の大手とトップ同士で直談判することにした。開発に応じたのは医薬品部門がある帝人。「当時の大八木成男社長が『応援する』と言ってくれ、担当役員につないでくれた」。14年、3者の共同開発が正式にスタートしたが、帝人の現場には 慎重論も根強く、福井で開かれた最初の会議に派遣されてきたメンバーたちは「沈痛な表情で『できない理由』の発言が多かった」ように根本 には感じられた。空気を変えたのは、オペの見学だった。研鑽を重ねた医師数人が携わる10時間近い心臓手術を開発メンバーが順次、見学した。帝人チームを統括する十川は、心臓外科医たちの高度な手術シーンに「圧倒された」という。
「患者の幼さ、手術時間の長さにも驚かされたが、命を預かるドクターたちの研鑽ぶりが伝わってきた。求められる製品のクオリティの高さを自覚した」
根本がオペの見学にこだわったのは「こんなのがあったらいいね、という軽い気持ちのレベルではできない。『絶対にないとだめだ』というレベルでないと実現まではたどり着けない」からだ。手術室には帝人の担当役員で、社長になった鈴木純(現 シニア・アドバイザー)も入った。誰もが「子どもたちに再び過酷な手術を課すべきではない」という強い思いを胸に刻んだ。