ヘルスケア

2024.08.23 16:50

作家・池井戸潤も注目して小説化!「心血管パッチ」が世界の子どもを救う

「生後数カ月の小さな子どもの心臓をいったん止めて執刀するシーンには驚き、はらはらした。無事に終わって心臓が動き出したときには涙がこみ上げた。よく生きて帰ってきたなって」。そして「プロジェクトに挑戦し、うちの総力を投じてでも絶対に子どもたちを助けたい」と思った。リスクを超える勝算が密かにあった。この少し前に東京農工大と共同で開発したシルクを使った人工血管の量産化技術の開発に成功。「開発した繊維に細胞がなじんでいくのをラットの実験で確認し、失敗するのでは、という恐怖心が消えた」という。

創業 80 年の経編技術×大手の開発力

今年創業80年の同社は10万点に上る生地サンプルがある。人工血管も職人技の積み重ねによる成功。経編のノウハウで は世界のどこにも負けない自信があった。

13年8月、最初の開発会議が開かれた。「縦も横も2倍伸びる生地を」。業界の常識ではありえないリクエスト。「うちの技術のプライドをかけてくれ」。困惑する社員に髙木はハッパをかけた。根本に心臓手術のビデオを見せられ、一つひとつ説明を受ける社員たちも奮い立ち、中小企業の生き残りと誇りをかけた開発が始まった。技術陣が考え出したのは、体内で溶ける糸と残る糸のハイブリッドで編み込む「オパール加工」という特殊技術の応用。1年がかりで試作品を完成させた。

髙木は当初から大手メーカーの参画は必須だと考えていた。「完成すれば世界の市場に出す製品。海外にネットワークをもつ大手と組むのは当然のこと」。完成した福井経編製のニット生地から血が漏れないようにするコーティングを施すのは、治験にも対応できる開発体制をもつ医療機器メーカーが必須と根本は考えていた。しかし、働きかけた国内大手メーカーのすべてから断られ、途方に暮れた。

そこで髙木は長年信頼関係を築いてきた取引先の大手とトップ同士で直談判することにした。開発に応じたのは医薬品部門がある帝人。「当時の大八木成男社長が『応援する』と言ってくれ、担当役員につないでくれた」。14年、3者の共同開発が正式にスタートしたが、帝人の現場には 慎重論も根強く、福井で開かれた最初の会議に派遣されてきたメンバーたちは「沈痛な表情で『できない理由』の発言が多かった」ように根本 には感じられた。空気を変えたのは、オペの見学だった。研鑽を重ねた医師数人が携わる10時間近い心臓手術を開発メンバーが順次、見学した。帝人チームを統括する十川は、心臓外科医たちの高度な手術シーンに「圧倒された」という。

「患者の幼さ、手術時間の長さにも驚かされたが、命を預かるドクターたちの研鑽ぶりが伝わってきた。求められる製品のクオリティの高さを自覚した」

根本がオペの見学にこだわったのは「こんなのがあったらいいね、という軽い気持ちのレベルではできない。『絶対にないとだめだ』というレベルでないと実現まではたどり着けない」からだ。手術室には帝人の担当役員で、社長になった鈴木純(現 シニア・アドバイザー)も入った。誰もが「子どもたちに再び過酷な手術を課すべきではない」という強い思いを胸に刻んだ。

「 T シャツでエベレストに」を越える

しかし、医薬品部門をもつ帝人にも人体に埋め込む医療機器製造の実績はない。開発チームを統括する十川は、製造管理のコンサルタントから言われた言葉が強烈に残る。「経験の浅い企業がリスクの高い医療機器の開発を始めるのは、Tシャツを着てエベレストに登ろうとするようなものだ」。
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文=秦融 写真=小田駿一

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年10月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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