「ウランバートル市内で提供されるボルシチやピロシキ、ゴリャーシ(元はハンガリーのビーフシチュー『グヤーシュ』)などは、それぞれ各国の伝統的な民族料理ですが、当初はコメコン風に共通の味つけがされました。
ところが、ゴリャーシのように、モンゴルで時間とともに現地化され、塩コショウ味の羊肉の煮込みとなるなど、本来の現地料理とはかけ離れたものもあります」
モンゴルは、20世紀初頭、少数民族王朝だった清朝の崩壊後、華人主体の中華民国の侵攻から独立を守るため、革命後わずかな時間しか経っていないソ連の力を借りたことで、その後には衛星国となる。それまで遊牧の民であった彼らが都市への定住化を迫られる過程で、食文化の大きな変化がもたらされたのだ。
以前、筆者が指摘したように、司馬遼太郎が半世紀前にモンゴルを訪ねたとき、「おどろいたな」「モンゴル人が野菜を食べるなんて」(それは堕落ではないか)となかば冗談めいたこと(『街道をゆく5 モンゴル紀行』)を書いているのも、そういう背景があったからである。
だが、その結果というべきか、いまのモンゴルではおいしいパンが食べられる。市内のベーカリーショップでは、ロシア由来の黒パンも売られているが、しっとりとして酸味もほどほど、日本人の感覚でいえば、本場のロシアの黒パンより口に合いそうだ。
前出のガイド氏も「パンはロシアよりモンゴルのほうがおいしいですよ」と、澄ました感じで話しているくらいなのだが、それも納得してしまう。これも現地化の成果であり、食の現代化が進行しているからだろう。
ロシアの文化が行き渡るモンゴルの食
21世紀の現在、ウランバートルには数々のモダンな飲食チェーンがある。中国由来の伝統料理であるボーズ(бууз 中国語の包子「パオズ」由来)の専門チェーンである「ジグノール・ボーズ(Jignuur Buuz)」では、羊肉や牛肉、馬肉などのポーズが選べる。本来の「蒸し」だけでなく、中国の焼き小籠包(生煎)のような「焼き」もある。
面白いのは、キムチチゲのような韓国料理もメニューにあることだ。それについては後日あらためて書きたいと思っているのだが、今日のモンゴルにおいて最も影響力のある外国料理は実は韓国料理なのだ。
もう1つの人気チェーン「シュルンドゥ(Шөлөндө)」は、中国や韓国、そして日本由来と思われる麺やご飯とおかずの定食が食べられる。中国由来と思われるのが坦々麺、韓国由来は辛ラーメン(これだけインスタント麺)、日本由来は醤油ラーメンなどだ。
モンゴルの代表的な麺で現地風焼うどんのツォイワン(цуйван)や羊肉入りスープうどんのゴリルタイシュル(гурилтай шөл)などももちろんあるが、地元の人に教えてもらった人気メニューはホイツァイ(Хууцай)だ。
中国由来の肉団子と野菜のごった煮スープで、具のないマントゥと一緒に食べる。筆者はこれまでロシアの影響ばかりを指摘してきたが、過去2000年を超える中国との交流も当然のごとく、モンゴルの食文化に影響しているのだ。