幸せのカタチはそれぞれ
小山:人々の生活を彩る“幸せの種”のようなお菓子を自分たちもつくっているのだと実感されたご経験は、河本さんに何をもたらしましたか。河本:スラム街の子どもたちにバウムクーヘンを食べさせてあげるという約束をしたことをきっかけに、バウムクーヘン専用AIオーブン「THEO」の開発が始まりました。実は翌年、バウムクーヘンを15本ほどもってスラムを訪れたのですが、ガイドから「外からモノをもち込むのは禁止です」と言われたんですね。
小山:無料配布でも?
河本:はい。現地のお菓子屋さんの売り上げに影響するし、喧嘩も起こるかもしれないからと。何よりスラムにはスラムのなかの幸せがある。外の豊かさを一方的にもち込んだら、彼らの幸せが壊れてしまう。
小山:なるほど。よくブータンは外からいっぱい人が来たことで幸福度が下がっていると言いますよね。
河本:同じかもしれません。それで米倉先生に相談すると「彼らが本当に欲しいものは何だ?」と逆に問われて。これがまさにBOPビジネスで、彼らの欲しいものはバウムクーヘンではなく、それがつくれるようになることだと気づきました。
小山:釣った魚をあげるのではなく、釣竿をあげて釣り方を教えてあげるほうがよいということですね。とはいえ、現場から「AIによって職人が必要なくなるのではないか」というような不安の声などはなかったのでしょうか。
河本:逆に職人はいわゆる勘が拠り所だったので、「THEO」を使うことで感覚がデータ化され、より美味しく焼けるようになりました。
小山:AIが人の仕事を駆逐するのではなく、AIで人の技術を高める。素敵なお話をありがとうございました。
今月の一皿
フランス料理界の重鎮・上柿元勝シェフによる「カンパチの冷燻」。ミニョネットした黒胡椒と珈琲豆がアクセント。
blank
都内某所、50人限定の会員制ビストロ「blank」。筆者にとっては「緩いジェントルマンズクラブ」のような、気が置けない仲間と集まる秘密基地。
河本英雄◎1969年、兵庫県生まれ。慶應義塾大学大学院修了。99年、ユーハイム入社。関西支社長、海外事業統括、代表取締役専務などを経て、2015年より現職。創業者の妻で初代のエリーゼ・ユーハイム、事業を引き継いだ祖父、父に次ぐ4代目。
小山薫堂◎1964年、熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。放送作家・脚本家として『世界遺産』『料理の鉄人』『おくりびと』などを手がける。熊本県や京都市など地方創生の企画にも携わり、2025年大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーを務める。