食&酒

2024.06.30 11:15

14歳で本をきっかけに天職の道へ。スペインの3つ星シェフの現在地

エンリケ・ダコスタ シェフ

エンリケ・ダコスタ シェフ

マドリッドの中心部には「アート・トライアングル」と呼ばれる地域がある。プラド美術館、ティッセン・ボルネミッサ美術館、ソフィア王妃芸術センターの三つの美術館に囲まれたアートの中心地だ。

そのエリアに20世紀初頭に建てられたベル・エポック様式のホテル「ホテル・リッツ・マドリッド」が改修を経て、2021年、「マンダリン オリエンタル リッツ マドリッド」に生まれ変わった。もともとの優雅さを活かしつつ、館内には数多くの現代アートが飾られ、まるで美術館のような佇まいだ。

このホテルの料理全体を統括し、現在ミシュラン二つ星のメインダイニング「デッサ」のシェフを務めるのが、エンリケ(通称キケ)・ダコスタ シェフだ。シェフとして初めて、スペイン国王から「芸術功労金メダル」を受賞し、スペインで「美食はアートである」という認識を確立した人物でもある。

料理は教科書から、アイデアはアートから

スペイン中部のエストレマドゥーラ州、ハランディージャ・デ・ラ・ベラ出身で、農業を営む両親のもとに生まれたが、家業を継ぐ気になれず、14歳で故郷を出てバレンシア州の海沿いの街、デニアへ。偶然皿洗いの仕事を得たレストランで、天職と出会った。

「素朴なレストランでしたが、そこでポール・ボキューズ、ミッシェル・ゲラール、ジョルジュ・ブランという、3人の伝説的なシェフが著した本と出会ったのです。優雅なカトラリーやインテリアと調和した、美しい料理。見たこともないものでした。なんと表現するものなのかは知らなかったのですが、この世界が、自分の求めているものだ、と強く感じたのです」

その後、下積みから働き、最終的にシェフとなったデニアの店「エル・ポーブレ」を買い取り、オーナーシェフに。もともと良い食材を使う素朴な店だったが、デニア名産の赤海老の完璧な調理温度を追求するなど、独自の調理理論で食材の味を引き出した、モダンでテクニカルな料理で注目を集め、2008年に「キケ・ダ・コスタ」に改名。2012年から三つ星に輝いている。

続いてヴァレンシアにかつての店の名前を冠した「エル・ポーブレ」をオープンし、二つ星の評価を得るなど、多くの星をもつダコスタシェフだが、この「マンダリン オリエンタル リッツ マドリッド」監修の話が飛び込んできた時には、「一生に一度の素晴らしい機会」と、身が引き締まったという。

当時マンダリン オリエンタルは、グループ内のミシュランの星の数が最多のホテルグループ。また、スペインの首都マドリッドは、名店がひきめき、競争も激しい。スペインでのことわざ「闘牛士にはドアは2つしかない。栄光へのドアと、死へのドアだ」という言葉を思い出したほどだそうだ。

しかも、その建物は、スペイン国王も出席して開業を祝うなど歴史的、芸術的価値のあるホテルだ。
次ページ > アートをこよなく愛するダコスタシェフ

文=仲山今日子

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事